花月の手紙

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花月の手紙

 放課後。  皆既月食は夜十一時頃と言う事なので一旦家へ帰ることに。  花月にお別れの言葉を掛けるクラスの友達は、こぞって彼女と握手をしていく。中には震えている彼女に気付いてか、彼女を抱きしめてエールを送る友達もいた。  一磨は私と花月の肩を両手で抱き寄せて、一人元気にはしゃいでいる。そして「央樹を押して帰るから」と言って四人で帰ろうと急かされた。ここ最近は一磨を避けて下校していたので、今日くらいは、みんなで一緒に帰るのもいいだろう。  (うつむ)いたままの花月は、あまり自分から喋らないので、心配そうにしていた一磨がマシンガンのように喋り散らしていた。一磨も花月を意識しているのか、元気のない彼女がどうしても放っておけないらしい。 「では送別祝いに、みんなで皆既月食でも拝みに行こうか!」  一磨から思いもよらない提案をされた。これは絶好のチャンスだ。彼が花月を想ってくれたら、彼の能力で何とかできるかもしれない。 「いいね。それ」  私は思わず彼の口調に合わせてしまった。まだ花月には私の作戦を話していないのに。  私たちの会話を聞いた花月は当然の如く私の顔を睨みつけてきた。顔を真っ赤にして明らかに怒っている口調で声を荒げる。 「月渚ちゃん、冗談よして。一磨君は家帰って、カーテン閉めて、さっさと寝なさい!」  すごい剣幕で怒る花月は周りの空気を一新させた。誰も彼女に口を挟めない。  一磨は渋々返事をして家へと帰っていった。最後の日だというなのに、そのお別れはとても悲しいものだった。  私たちの家は一磨の家よりも遠いため、ここからは三人で帰る。 「月渚ちゃん。さっきの冗談は本当に止めてよ」  まだ花月は怒った口調のままだった。そんな彼女が私の話を聞いて少しは落ち着いてくれるといいのだが。 「私に考えがあるんだけど……」  ゆっくり歩きながら昼間に考えた話を一から十まで説明した。央樹にも理解できるくらい簡単な言葉と、ゆっくりとした話し方で。 「――というわけ、如何(いかが)かな?」  話し終えた私はとても満足した。この提案、悪くない話だと思えるのだが。 「それだとまた、あたしたちや友達を巻き込んで違う世界へ行っちゃうよ。第一、一磨君を巻き込むのは止めてよ」  花月はどうしても一磨を巻き込ませたくないらしい。それならオレオおじさんや一磨の母親でも構わないのだが、彼らを説得するにはもう時間が無さすぎた。 「私は花ちゃんに消えてもらいたくないだけ。ずっと傍にいてほしいの。みんなが助かる道を次の世界で考えればいいじゃない」  どうしても説得したい私は顔を赤くし熱意を込めて彼女に理解を求めた。 「ありがとう。お気持ちだけ頂くわ。よくよく考えたら、そんな世界あり得ないし」  悲しげな顔で小さく呟く花月は、もう諦めているようにしか見えなかった。 「花ちゃん、死ぬ気なの? 最後まで諦めないで。諦めないで月食に祈ろうよ」 「うん。もしかしたら一磨君を想う誰かも遠くで祈ってくれるかもしれないしね」 「そうだよ。それを信じて」  私の提案は無情にも消え去ったけれども、まだ助かる可能性は(わず)かに残っている。私たちの意識は距離とは関係なく、一致できればここへ来た時と同様に共鳴現象が起こるから。  そんな事を考えていると、花月はコートのポケットから一通の手紙を出して私の前に突き出してきた。 「これを月渚ちゃんが読んで、できるだけ暗記してほしいの」 「手紙? 読んでいいの?」  宛先を見ると月読花様となっている。いったい彼女は誰だろう? 「この人は誰?」 「元の世界にいるあたしの名前。月読は違う世界に来た時に必ず名前を変えるのよ」  その話は初耳だったので、素直に感心してしまった。確かに月読はウケモチから命を狙われる危険があるから、偽名を使ってもおかしくない。  それにしても、自分が自分に手紙を書くなんて不思議なものだ。 「もしも、月渚ちゃんと央樹君が元の世界へ帰れて、あたしが消えてしまったら、この手紙を元の世界のあたしへ届けてほしいの。元の世界のあたしを月渚ちゃんに見つけられるか分からないから、一磨君のお母さんにでも渡して。彼女なら必ずあたしを見つけてくれるから」  震えながら手紙を渡す花月の手は、とても生きる希望を持った感じではなかった。この手紙は、おそらく遺書のような物なのだろう。  そう言いながらも万が一「本当のあたしを見つけた時には顔が違っているかもしれないので笑わないように」とも付け加えて、少し微笑みを作り、怖がっている自分を隠そうともしていた。  とても花月の心は不安定な様子で、見ている私も辛くなる。 「手紙は並行世界を移動できないの。だから、月渚ちゃんの記憶に留めてほしい。あなたなら、覚えられると思うから」 「そう……私たちはここへ来た理由も同じ、存在する意味も同じ。だから、手紙の内容を忘れるはずがない。必ず月食までに暗記して会いに行くから」  この世界から元の世界へ帰る時に持って帰る事ができるのは、私たちの想いや希望、願い、記憶だけなのだから。花月が残したい最後の言葉を忘れるはずがない。 「元の世界のあたしは、あたしの事を忘れてしまっているの。あたしが戻らなかったら、忘れた記憶のままだから。だけど、記憶は新しく作る事もできるわ。この手紙を読んで、あたしが新しい記憶を作ってくれれば、それでいい」 「花ちゃん。私は諦めないよ。必ず花ちゃんも一緒に連れて帰るから」  私と花月が話している間、車椅子に乗った央樹は何度も頷いていた。拳を握り締めて頷く彼も、無言で諦めないと主張しているようだった。  靴屋の前で花月と別れ、【俺を見よ! 靴屋】の看板についてあるハート付きの顔が描かれた三日月マークを眺めてみる。その太々しい笑い顔に、今日は怒りをも感じるほどだった。お月様は私たちを馬鹿にしているのか? または月読が本気を出せば、何でも笑って願いを叶えられると主張したいのか分からないけれども、その笑顔が私たちには悔しくて仕方がない。  央樹を家まで送り届け、夜に月見をするのでまた迎えに来る事を央樹の母親に伝えた。 「たまにはお友達とお月見もいいわね」  にこやかに了承してくれた央樹の母親は、彼の肩を叩いて喜んでくれた。  その後、私は家へ帰りお世話になった母と台所で食洗器に入っているお皿を一緒に片付けた。たまに手伝うと母は珍しい顔をしてくるが、何処か嬉しそうな表情だ。 「お母さん。今日ちょっと夜に公園で友達とお月見してくるけどいい?」 「構わないけど、夜遅いから気を付けてよ」 「大丈夫、大丈夫。花ちゃんや一磨と央樹もいるし」 「あの子たちがいれば大丈夫か。でも、央樹君も行くなんて、ちょっと大変じゃない?」 「平気だよ。いつも学校まで押してるから、もう慣れちゃった」  こんな話をしていたら何時まで経っても話が尽きないので、話題を切り替えてみた。母とはもっとお喋りをしていたいけれども、明日も母に会えるから寂しくないと自分に言い聞かせ、こちらの世界の母に感謝の気持ちでいっぱいになった想いを、高ぶらないように抑えた。 「これから明日までに暗記の宿題があるから、勉強するね」 「あら珍しい。夕食のご飯はおにぎりにして部屋まで持って行ってあげるから、出掛ける前までに、暗記しなさいよ」 「はーい」  そう言って私は部屋に閉じこもり、そっとポケットから「花月から花へ贈った手紙」を開いて読んでみた。 ◆  月読花様  花、ごめんね。あたし、帰る事ができなくなった。  あなたの大切な記憶や希望、願い、想いを全部消してしまい、月読の能力まで全部奪い去ってしまった。勾玉の色が黒色になったのも、あたしのせいだ。きっと、みんなに非難されちゃうね。  もしもこの手紙が届くなら、一緒に来た子供たちは無事に戻れたという事だよ。それなら一安心だね。  あたしがあなたの願いなら、最後まであなたを悲しませるようなことはしない。花よりあたしは弱いけれど、あなたの意志を継ぐ者として月読の輪を捨ててでも、この子たちを守ります。  あたしは、一磨の病気がない世界を願って、ここへ来たみたい。本当にこんな世界があるなんて、信じられなかった。  月読が行ける世界は、現実可能な世界だけと聞いていたから。まさか先天性の病気が存在しない世界があるとは思えなかった。  だけれども、あるんです。  一磨君が病気になるか、ならないかは、気まぐれな神様が、病気を持った一磨君の魂を自由に泳がせて、選ばせたのかもしれませんね。  所詮、人の身体なんて魂の器に過ぎないから。  一磨はこちらの世界で、とても元気に過ごしています。  細密画のような絵を描き、見たもの聞いたものを一瞬で覚える能力がありました。サッカーもとても大好きで、とても上手です。  病気の一磨にもその才能はきっとあると思います。これからその才が目覚めるように応援してやってください。  あたしは一磨のことが一番大好き。誰よりも大好き。あたしがどうなろうとも一磨だけは最後まで守ります。  だから花も一磨を愛してください。今は一磨への愛情を忘れているだけですから。  病気の一磨を忌み嫌っているかもしれないけど、一磨の素晴らしい所も知ってるはず。  花はあたし、あたしは花。  一磨に対しての好きな想いは全部あたしが持ってきちゃったけれど、他にも違う角度から心を覗けば、きっと消えた想いが蘇ってくるはず。記憶は忘れられるものだけれども、忘れた記憶を思い出すこともできるはず。足りない記憶はこれから花の愛情で埋めていけばいい。  シャガの花言葉に「私を認めて」という花言葉もあるそうです。  知ってた?  一磨が病気かどうかで好き嫌いをしないで、彼自身を認めて受け入れてあげてね。  今まで本当にありがとう。  花月より。 ◆  手紙を読んで私は涙が止まらなくなった。花月の想いは一磨への熱烈な愛情そのものであり、花さんの心の拠り所なのだろう。親戚とは言え、ここまで彼の事を考えてくれる者がいるなんて、素晴らしいとしか言いようがなかった。  必ず花月の想いを一磨の母親へ届けて、一磨の母親に【花】という人物を探してもらおう。  もしも見つかったら私からも花月の話を聞かせてあげるんだ。少しでも忘れられた記憶が花さんの中で蘇るように。
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