ここは?

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ここは?

 カーテンを開けっぱなしで寝てしまったのか、静寂な夜道を走る新聞配達のオートバイの音とライトの反射光で目が覚めた。  まだ外はとても暗い。今は何時なんだろうかと時計を探す。朝の四時過ぎだ。  昨日、あれから私はどのように家へ帰って来たのだろう? まったく思い出せない。ただ最後に聴いた一磨の言葉だけが耳に残っていた。 「僕は傍にいるよ」  あれはいったい何だったのだろうか?  それを考えながら身体を起こすと、昨日の耳鳴りの影響か少し頭が痛く吐き気もした。一磨だけは元気そうだったから、彼がここまで私や央樹を運んで来てくれたかもしれない。後で礼を言わなければ。  そうなると、私たちは元の世界へ戻るのに失敗したのかもしれないと思った。あんなに頑張ったのに駄目だったのか。そう思うと溜め息が出てくる。  一応部屋の隅々まで見渡してみるものの、昨日と何ひとつ変わった様子は見られなかった。  その時ふと花月はどうなったのだろうか? と思い出した。花月は一磨と央樹が二人で手を離さずに握っていたはず。一磨も最後まで話し掛けていたし、花月は消えずに済んだのではないだろうか。そう思うと私の中に一筋の期待が混み上げてきた。  考えれば考えるほど居ても立っても居られない。急いでコートを羽織ってオレオおじさんの家へ行ってみたくなった。  まだ寝ている時間かもしれないけれども、きっとオレオおじさんも花月の事を想って心配しているはずだ。靴屋に灯りがついていたら、思い切って呼び鈴を鳴らそう。朝から迷惑な行為だと知りながらも、気持がどんどん高ぶっていった。  親を起こさないように静かに玄関を出て、まだ暗い夜道の中を靴屋まで急いで向かう。こんなに朝の道路は静かなものなのかと思いながら、小鳥の囀りと子猫の散歩を横目に見ながら駆け抜けて行く。角を曲がると靴屋の前で新聞を取りに出てきたオレオおじさんの姿が丁度見えた。とても今日は運がいい。 「おはようございます。オレオおじさん」 「やあ、おはよう月渚さん。今日は朝早いね。早朝ウォーキングかい?」 「いえいえ」  そう答えた私の顔を不思議そうに見てきたので、花月の無事を確認するようとこちらから先に()いてみた。 「花月さんに会いに来たんですが戻ってますか?」 「花月さん? いったい、それは誰じゃ?」 「花月ですよ。か・づ・き! 忘れたんですか?」 「忘れたとかじゃなく、ここにはそんなもん最初からおらんよ」 「そんな……」  花月が消えた事でこの世界の秩序が守られ彼女の記憶がみんなから失われたのだろうか? それとも彼女の強い願いで元の世界へ戻って来られたせいで、ここには住んでいなかったのだろうか?  いやいや待てよ。最後まで一磨が何かを喋っていたから、一磨が能力を使ったのかもしれない。それなら、また違う世界に来てしまったのだろうか?  花月に会えなかった寂しさを胸の奥へ閉じ込めて、仕方ないので家へと戻った。そして部屋にあるはずの花月の手紙を探してみるが、昨日までコートのポケットに入れておいたはずの手紙が見つからない。私が寝ている間に母が何処かへ置いてしまったのだろうか?  キッチン周りをガサゴソと物を引っくり返して探してみるものの、紙屑と化した手紙は何処にも見当たらなかった。  あまりにも派手に音を立てながら探しているものだから、とうとう母が不機嫌そうな顔で起きてきた。 「月渚、今何時だと思ってんの? もう少し寝なさいよ。昨日、月食見て遅かったんだから」 「うん。母さん、私のコートに入っていた手紙、知らない?」 「そんな手紙知るわけないでしょ。学校にでもあるんじゃないの?」 「学校?」 「だって昨日、あんた、学校から帰って来て、それから出掛けてないじゃない。だから家になければ学校でしょ?」  この母は昨日私が月食を見に月美山公園へ行った事を知らない。つまり私はまた違う世界へ来たのか、元の世界へ戻って来られたんだと分かった。そう思うと嬉し過ぎて頬の筋肉が緩み思わず母に飛びついて抱きしめてしまった。 「ただいま。母さん」 「あんた、朝から何やってるの?」  とても不愉快そうな顔をして私を見つめる母だが、私の喜ぶ姿を見て、それ以上小言を漏らすことはなかった。 「あんた今日までの暗記の宿題はやったの?」 「暗記の宿題?」  こちらの世界の宿題など何のことだか分からないので、今日は忘れた事にしておこう。それより暗記と言えば、花月が伝えてほしいと言っていた【花への手紙】を書くことを思い出した。  私は頭の中を廻らせて昨日の手紙の文章を思い出す。便箋と鉛筆を用意して、花月よりも汚い字であるけれども精一杯心を込めて手紙を書き綴った。  それにしても花月はこの世から本当に消えてしまったのだろうか? 彼女の身体を持つ花さんという女性は何者だろうか?  すべては謎のままなので一磨の母親に任せるしかなさそうだった。  一磨の母親は私が尊敬する大切な大人の女性だから、きっと花さんを見つけてくれるに違いない。元の世界へ戻れたのなら花月の能力で帰って来たと思われるけれど、ここがもしも違う世界なら一磨の能力が働いたと思っていいだろう。一磨なら花月を失うような真似はしないと思うから、この世界にきっと花月も存在しているに違いない。  手紙を書き終えると、最後に「乱筆にて失礼」という文字と花月の似顔絵、代筆、天手月渚と添えて家の中にある一番可愛い封筒に閉まってコートのポケットに入れた。
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