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今日は皆既月食?
スーパーから緩やかな坂を登り切ると、そこには広大な敷地が広がる月見山公園があった。アパートからは比較的近くて、実家からは真逆の道。その丘の上にある公園は複合スポーツ施設にもなっており、サッカー、野球、テニス、プールにマレットゴルフ、大人も遊べるアスレチックまで併設されていた。そしてオートキャンプ場まであり、今も昔も変わらない癒しの林道がそこには広がっている。
その中で私たちは花火やお月様が綺麗に眺められる穴場スポットを中学の時に見つけたのだ。
ゆっくりゆっくり穴場スポットへと近づいて行くと、ベンチに座って缶コーヒーを片手に夜空を眺めている一人の男がそこにいた。短髪でツンツン頭の彼は、この暑さもあり、腕の筋肉を自慢気に見せるように袖を捲り上げていた。小学生の時までは、こいつと腕相撲して余裕で勝てていたのに、今の彼の筋肉には到底勝てそうにない。これが男女の性と言うものなのか。
「央樹。今回もまた来たんだね!」
一年ぶりくらいの再会だった。スマホでメールはよく来るけれど、面倒臭がり屋の私は既読スルーばかりしていた。今日ここで会ったら、きっと怒られるだろうと思いながら覚悟を決めてやって来たのだけれど、中学時代の時のように感情を露わにすることはなく、静かにソーダーの缶ジュースをホイッと投げてきた。
「遅っせーぞ」
「ありがとね。央樹」
思わず大好きなジュースを受け取り、彼の隣に座り込んだ。
「月食が来れば月渚は必ずここへやって来る。お前一人じゃ、危ねえだろ?」
「うん。だって私、ここじゃなきゃ嫌だもん。ここで思い出したいだけよ」
すべてを知っている央樹に私は何も隠すものなどなかった。花月が消えたこの場所で花月を想うのは、きっと央樹も同じ気持ちだろうから。花月の事を知っているのは私と央樹と一磨くらい。
あとは花月を生んだ人くらいだけだろうか。
「月渚はいつまで、そうやって頑張るんだ?」
満月を眺めながら央樹は尋ねてきた。たぶん、その答えなど彼自身も知っているはずなのに。彼も私と同じ気持ちで学校の先生になり、一人でも多くの子供たちに分かってもらおうと頑張っているのを私は知っている。それを敢えて彼に訊かないでいるだけだ。
「私はずっと頑張るよ。一磨が暮らし易い街になるまでは」
「それは無理だって」
「それも知ってるけど、少なくとも私が月見山総合病院を変えてみせるわ」
「どうして、そこまで?」
「私が好きな場所を一磨や一磨のような子に嫌いになってほしくないからよ」
敢えて好きという言葉を使ってみたが、別にそこまで職場愛はなかった。一磨に対する愛情も恋心などではなく、どちらかというと家族のお姉さん感覚と言えば相応しいのかもしれない。それも央樹は知っているのでイチイチ嫉妬したりはしないと思った。央樹も私と同じように一磨の親友であり、兄貴分でもあったから、誰よりも一磨の事を想っていると信じている。
ただ病院を嫌いになってほしくない。検査を怖く思わないでほしいと言うのが私の願いで、そのために頑張っているのを央樹にも伝えたかっただけだ。
「月渚は今日の月食を一磨に伝えたのか?」
「ううん。喫茶店で月乃ちゃんに会ったから彼女に伝えておいたけど」
「へえ。一磨の妹に会ったなんて珍しい。じゃあ、あとは一磨のオカン次第だな」
夜の外出に厳しい一磨の母親は大人になった今でも、あまり一磨を月食観察に参加させてくれない。たぶん、この時間内に何かあっても迎えに行けず、困るからというのが本音だろうが。こちらから迎えに行ってやった方が良かったのかもしれないけれど、たまには央樹と二人で月見も悪くないので、どちらでもいいと思ってしまった。
「月乃ちゃん、とっても可愛いかったよ。まるで花月のようだった」
「ふーん。あのガキも大きくなったんだなあ」
央樹も花月を思い出すように夜空を眺めて黙ってしまった。そして十二年前を想像しているのか、溜め息を漏らす。
「俺たちって十二年前に、この月食を見て何願ったんだっけ?」
「さあね。自分で思い出しなさいよ」
元々願いなど意識していなかった私たちが共有した願いを思い出したのは、あの時もだいぶ時間が過ぎた後だった。情景まで思い出すのは時間が掛かるものの、ソーダーを頂きながら夜空を眺めていれば、だんだんその時の記憶が蘇ってくる気がした。
「央樹。ジュース頂きまーす」
「どうぞ召し上がれ」
炭酸の入っているソーダーがプルタブを開けた瞬間に勢いよく缶から飛び出してきて思いっ切り私の顔にかかってしまった。それを見ていた央樹が腹を抱えて大笑いしている。
「やったな。央樹!」
「引っ掛かってやんの」
「バカ央樹」
懐かしい夫婦漫才の始まりに思わず思い出し笑いをしてしまった。昔はやられたら、よくやり返したものだ。それを思い出した私は思いっ切り央樹の顔にもソーダーをぶっかけてやり、大笑いしてみせた。
あの日、十二年前の暑い季節。空梅雨だった五月下旬の出来事が彼のソーダーの香りと共に蘇ってきた。
小春の知らない本当の私たち四人と出会った季節が目に浮かぶように。
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