あの雨の日の

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「リンパ腫、ですか?」 「ええ、かなり大きなものですね。こんなになるまで放っておくだなんて、少し信じられません」 白一色に薬の香りが嫌に漂う個室の中、慎二は医師の言葉に眉を潜めた。 「余命、後二年持つか持たないか、ですかね」 「はあ」 いざ言われてみて出てきた言葉は、ひどく曖昧な、返事ともつかないようなものだった。 数ヶ月程前から、左腿に痛みを感じていた。一ヶ月前からは、手で触れると小さなしこりのようなものを感じるようになった。 動かすたびに痛んで行く左腿に、何も思わなかったわけじゃない。もしかしたら病気かも、とも当然思った。 しかし、怖くはなかったのだ。ただ、そうだとしても別にいいかな、と考えていたからだ。 そう、別にいいのだ。 自分の体が得体の知れないものに侵食されているとしても、それが死を身近に感じさせるものだとしても、どうでもよかった。 (だって、俺が死んだところで悲しんでくれる人なんて、一人もいないのだから) アスペルガーのグレーゾーン。幼稚園に入園する前にした心理検査で、母はそう宣告されたらしい。 当時はまだ、障害を持つものに対しての抵抗が強く、中でも母はとりわけその傾向が大きかった。 昔障害のある男性に、それを逆手にとられて騙されたとかで、その類の人間を憎んでいた。因みに男の人、という人種にも抵抗があるみたいで、その両方の要素を持って生まれた自分は、彼女にとっては憎悪の対象だったのだ。 シングルマザーであり、親元を離れていた母に頼れる人は無いうえに、日々嫌いと過ごす時間のせいで、母は心を壊していったのだ。そして、その被害を一番に受けたのは、他の誰でもない慎二だったのだ。 暴力を振るわれたわけではない、暴言を吐かれたわけでもない。何もされなかったのだ。そう、何も。 無視、シカト、スルー、世間ではこのように呼ばれるものを、慎二は約10年間受け続けてきたのだ。 その上に、他人との意見交渉も自己主張苦手な性分であったために、友人も、高校一年生となった今の今までできたことはなかったのだ。 そんな人生だったからか、重病の宣告を受けたところで悲観することはなかった。 むしろ、やっと救いが来てくれたのか、と思う場面もあるほどだった。 (やっと、あの辛い日々から開放されるんだ) 死が救いと思うほどに追い詰められた少年は、ここ数年は見せなかった笑顔を、マスクの下でわずかに作っていた。
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