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第一章 少年、カロ
学院の塔の鐘が勢いよく鳴った。
生徒たちは待ちわびていた終業の時刻を迎え、わっと騒々しく連れだって家路に向かう。そのいつもの風景を、いつものように、カロはただひとり、教室の窓から見下ろしていた。
「カロ、まだ帰らないのか」
そんなカロを見て教師はそう声をかけた。
「はい、図書館に行ってから…帰ろうと思います…」
カロは教師の方を見ようともせず応える。こいつはいつもそうだな。態度も、返事も。教師はそう思いながらカロをからかう。
「毎日、放課後に図書館に籠もっているわりには成績が振るわんな。お父上も心配しているぞ」
「……」
カロは黙りこくっている。教師はやれやれとばかりに首を振ると、教室にカロを残して出て行った。カロは散り散りになっていく級友たちの姿がようやく門の外に消えたころ、ようやく窓から離れ、図書館に向かい廊下をただひとり歩く。やがて図書館の重い扉を開け、中に体を滑り込ませると、いつもの自分の席に座った。書架の死角にある仄暗い隅っこの席。図書館中でいちばん目立ない席だ。
それは人目を避けるようにと生きてきたそれまでの16年のカロの人生に重なり合うような場所だった。だからこそ、カロはそこが好きだった。
椅子に座るとカロはさっそく帳面をひらいた。それはなんの教科の教則本でもなく、ただカロの字が躍る帳面であり、カロの世界そのものもであった。カロは閉館の時間まで夢中になって、ペンを帳面に走らせた。
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