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 「どうか、為さいましたか?」  霊園を彷徨っていた男性は平均的な成人よりも身長が少し高いだろうか。少なくともその平均値である上司と比較すれば十センチほど高い。少し頬が痩けた顔は細面で、伸ばし放題と云った感のある癖ッ毛と、斑な無精髭はどこか不健康な印象を見る者に与える。しかし、素材は良い。  「・・・・・誰なんですか」  男性はまるで初めて聞く言葉だ、と目を丸くし、表情を強張らせ、白姫雪奈を睨みつけた。  「あ・・・・・・っと、いえ―――ただ、何をしてらっしゃるのかと思っただけなんですけど」  上品な笑顔を創り、敢えて謙った雪奈は斜に構え、覗き込むように男性を窺った。  「ここの人ですか?」  地元の人間ですか?と訝しげに尋ねる男性の言葉を確かめるように周囲に視線を向けた雪奈。  郊外に位置するこの霊園の周りに住宅地はない。落ち込んだ天候の所為で霞んだ向こう側に望めるマンションが数棟。高い建物が漸く見えると云ったこの辺りは街の中心部からかなり離れた閑静な場所にある。どこまでがこの霊園を含んだ地域なのか―――と聞かれれば答えはYesだ。  「えぇ~――っと、近くには住んでますけど・・・・地元の人・・・じゃぁ―――ない、かな?」  しかし、男性の質問に雪奈は返答を濁した。まるで自問自答するかのような曖昧な応えに苦笑が思わず浮かぶ。  不用意だったろうか?と思った雪奈は自分を戒めるつもりで、同僚に一喝される姿を心の中にイメージした。落ち着け、と独り呟き、緊張を和らげる為に深呼吸する。何かを断ち切るように深く、静かな瞬きをし、男性を見返す。  「・・・・・・・・・じゃぁ、聞いても無駄かな」  溜め息混じりに男性がそう零した。思ったよりも大きな独り言だ。指先を顎に宛がい、視線を伏せた男性は何かを思い返すように、確認するように口元を小さく動かしている。  「ここで何を為さってたんですか?」  単刀直入に質問をぶつける。  「ハァ―――――すみません。ちょっと疲れてまして・・・」少しだけ噛み合わない言葉で質問に応じた男性は片手を上げ、鼻も動かすに苦笑を浮かべた。「人を探しているんです」  男性は初めて柔らかい表情を見せた。しかし、ほんの一瞬の事だ。  こんな所で?と思わず雪奈は素っ頓狂な声を上げそうになる。  「・・・・・・亡くなった人――――とか思ってます?」  口に手を宛がい、出掛けた言葉を無理矢理押し込んだような雪奈に向き直った男性は砕けた笑顔を零す。  当然だ。少なくとも霊園や墓地で探すものと云えば既に亡くなった人か、或いはその墓標だ。仮にここで僧か、坊主と待ち合わせているとしたら常識を疑うのが普通だろう。  「違うんですか?」と躊躇いがちに雪奈は確認した。  「わからないんですよ、亡くなったのかどうかも・・・・・だから、探しているんです」  「・・・・・・・では、どうしてこんな所に?」  「あ、いや―――――何ですかね」男性は何かに気付いたのか、急に口篭った。「何でこんな事を言っているんでしょうか?」  「は?」  「だって、そうでしょ?いきなり声を掛けられて・・・・知り合いでもないのにこうもベラベラと」  腕を組んだ男性は唸った。  同感だ。と雪奈は頷く。  確かに知り合いでもないのにそんな話をする必要はない。霊園の管理者に不審者として怪しまれていたら釈明する必要はあったかもしれない。警備関係者なら弁解する義務があったのかもしれない。しかし、何れにも属さない―――花束ひとつ持たずに霊園を訪れていたと云う点では雪奈と男性に大きな違いはない。不意であろうと、虚を突かれたにしろ、男性は少し口が軽かったと言えるだろう。  「縁じゃないんですか?」現状を打破―――正確にはこの状況を言い包める言葉を捜した雪奈。「運命とか・・・・。袖擦り合うも他生の縁とか――――ね」  説得するには曖昧な語感と諺を使った雪奈に「そう―――ですか?」と疑問の声を上げた男性は訝しむ。  「まぁ、素性を明らかにした方が良いのかもしれませんね――」そう言った男性は胸元を叩き、懐のポケットから一枚の名刺を取り出し、雪奈に手渡す。「僕は、こう云う者なんです」  そこには見覚えるのある出版社の名前と共に、編集者・三井久幸と書かれている。結構有名な出版社の名前だ。週刊誌や月刊誌を発行しているが、雪奈にとってはハードカバーをはじめとする刊行物の方が馴染み深い。どんな雑誌を出していただろうか・・・・と雪奈は視線を気持ち上に向けて、出版物の名前を思い出す。  「・・・・・ここに幽霊が出ると云う噂を聞いて、僕は帰ってきたんですよ」  肩を上げた久幸。  「ちょっと、待って!」と片手を上げた雪奈は彼の口を塞いだ。「っと、あの、私も一応――・・・自己紹介を」  「あぁ――そうですか?」  久幸はどちらでも良い、と無関心な素振りを見せる。掌を反し、どうぞ、と促された雪奈は言った。  「私は、白姫雪奈と云います」雪奈は胸元を軽く叩いた。「すみません。名刺とかは持ち合わせていないので・・・・」  構いません、と片手を上げた久幸。「名刺?どんなお仕事を?」  興味はない。単なる社交辞令程度の質問だ、と云う久幸の気持ちが読み取れるような彼の淡泊な口調を無視した雪奈は「私は便利屋の助手をしてるんです」と気持ち胸を張り、どこか誇らしげに名乗った。  「便利屋?」  想像していなかった言葉が出て来た事に驚いた久幸は一瞬その意味を理解できなかった。反芻し、咀嚼し、噛み砕いた言葉が浸透し、うそ臭い、と云う感想を抱かせる。漫画やテレビで稀に目にする事もあったが、現実に聞くとは思っていなかった久幸は思わずは小さく吹き出してしまう。  「あ、いや―――・・・・珍しいですね」  「むぅ――」雪奈は少しむくれる。久幸は明らかに嘲笑を浮かべている。自分でもうそ臭い。信頼の置けない名称だと思う。だが、最も的確に自分達の仕事を表現している以上、それ以外の表現は思いつかない。「う――まぁ、慣れてますけど・・・・・探偵もどきみたいなものですよ」  「凄いな。こんな所でそんな人と出会えるなんて」  「馬鹿にしてます?」  「いえいえ―――・・・」  片手だけ残した久幸は雪奈の言葉を否定した。思わず綻んだ表情を見られまいと顔を背ける。  「・・・・・それで、三井さんはここで何を?」  「え?」久幸は聞き返した。「話さなければいけないんですか?」  「話そうとしてませんでした?」  「いや―――ま」視線を戻し、雪奈に向き直った久幸は尋ねた。「この辺りに出る幽霊の話を聞いて・・・・ちょっとした里帰りって奴ですね」  「人を探していると仰ってませんでしたか?」  「そうでしたっけ?」  久幸は思い返す。確かにそんな事を最初に口走っている。  「でも、こんな所で―――」雪奈は溜める。「失礼ですけど、何故、こんな閑散とした霊園で人を探しているのですか?お節介でなければ手伝いますけど」  「・・・・・便利屋って人探しもするんですか?」  「探偵よりは社会への貢献性が高いですよ」質問とは少し違う返答を返した雪奈は会話のペースを測る。「基本的に何でやるんですよ。人探しも・・・・色々と」  「・・・・・・・・・・・」久幸は沈黙した。いや、何かを考えている様子だった。「費用って掛かるんですよね?」  「依頼するつもりですか?」  雪奈は確認した。  「人を、人を探してるんですよ」  「えぇ――」と頷いた雪奈。「費用ですか―――いきなりですけど・・・・先に話を聞かせてもらっても構いませんか?」  営業スマイルを浮かべるべきかどうか悩んだ雪奈は取り敢えず真剣な表情を返した。  「構いませんけど・・・・・勿論、隠すような話でもないし、疚しい事もないから良いんですけど」  躊躇う久幸は訴えかけるような視線を雪奈に向けた。  「話を聞くだけならただですし、それに先ほども言いましたが・・・・・」雪奈は久幸の気持ちを察した。「信用がないんですね。何となく分かりますけど・・・・霊園で人探し―――なんてあまり良い話ではないのでしょうね。亡くなっているかどうかもわからない。だけど、人を探している。こんな場所で」  良く覚えている。と久幸は感じた。口走った程度だったが、彼女はそれなりに核心を突いた予測も立てているのだろう。曖昧で、切れ切れな物言いをしているのはこちらの決心を確認しての事だろうか。  久幸は溜め息を零した。  「・・・・いや、便利屋って云うよりは何か探偵みたいに鋭いですね」  感心する久幸は両手を広げた。降参だ、と見えなくもないそのポーズに彼の隠れた諦観が窺える。  「ありがとうございます」と微笑んだ雪奈は上品な笑顔を向けた。  プロフェッショナル。久幸は彼女が本当にその手のうそ臭い業種の人間だと確信した。過去に取材で探偵にインタビュをした事があるが、その時の感覚に似ている。どちらかと云えば刑事崩れの――会話の節々にデコイを仕掛ける人物に近いだろうか。  「・・・・・・じゃぁ、話だけでも聞いて貰えますか」  久幸は決心した。 だが、何故決心できたのか、は良く分からなかった。気がつかないうちに相手に会話の主導権を握られていた、とも思えない。彼女の言ったとおりに単なる縁なのかもしれない。しかし、これで何か見つかれば儲けものだ。  「はい」と頷いた雪奈は営業スマイルを浮かべ、止めに近い文句を言い、久幸の言葉を促した。「話を聞くだけなら無料ですから・・・・」  どこか飄々としている雪奈の態度に疑問を抱きながらもこれがこの種の人間独特の個性なのだろうかと、勝手に結論付けた久幸は「間抜けな話なんですが」と前置きをした。  「僕は、その子の名前さえも知らないんです」  「名前も知らない?」  雪奈は呆れた声を上げる。  「はい」と頷いた久幸は鼻先を掻き、気まずそうに視線を逸らす。「名前でも知ってればもっと別の形で彼女を探す事も出来たんでしょうけど」  「彼女の?」雪奈は久幸の期せずして発言したある部分に引っ掛かった。「女性なんですか?」  「アッ?」どこか慌てた様子で口元を隠した久幸は失言だった、と顔を赤らめた。「あ、いや―――えぇ」  話すと決めたのに今更何を隠す必要があるのだろうか。  しかし、一方で雪奈は話の腰を折ってしまっただろうか、と云った顔をしている。質問や疑問は後で確認すれば良かったな、と雪奈は気付く。  「すみません―――続けて下さい」  掌を差し出した雪奈。久幸もそれに従い、先を続ける。  「えぇ~―――っと」どこまで話しただろうか。ほろ苦い事を思い出してしまった。表情に焦りと困惑が出ないように努めながら、先に続ける会話の流れを組む。「僕が探しているその子の名前は”リカ”―――勿論、僕がそう呼んでいただけで本名は知らないんです」  そう言って気持ちを改めた久幸は語り出した。
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