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本当に悩んでるなら、相談乗るよ。
たぶん、私はこう返すべきだったのだ。
オートロック完備、最上階の角部屋、広々としたルーフバルコニー。
親が社長で、何不自由なさそうにしながら、どこか斜めから物事を見ているような。
そんななほと、何もない自分とを比べて、どうしようもない気持ちになって。
「そうかもねって。なんでも手に入るならいいじゃん、過保護でも。親が社長なら、就活とかも考えなくていいんでしょ」
そしてそれは、むき出しのまま、ぼろぼろとこぼれていく。
喧嘩はやめようよ。ことはが申し訳なさそうに言葉を滑り込ませるけれど、私もなほも、すでに止まれなくなっていた。
「いいわけないでしょ、何言ってんの」
「恵まれすぎて困ってる、みたいなの腹立つ」
「腹立つなら帰れば」
「そうする、じゃあね」
「そこから飛び降りれば早いんじゃない」
「馬鹿じゃないの。じゃああんたがお手本見せてよ」
「二人ともやめてよ、こんなの見たくない」
ことはが身を起こし、今にも泣きそうに叫ぶ。
はっとした私は、起き上がってことはに振り返ると、頭を下げた。
「ごめん」
返事はない。ことはは俯いたままで、スマートフォンを握りしめている。
「あの……ごめん、ね?」
私の声だけが静寂に落ちる。
なほもごめん、言い過ぎた。
そう言おうとした背後で、どさりと嫌な音がした。
おそるおそる振り返る。
いない。スマートフォンも、脇に置いてあった飲み物も、念のため抱えてきたブランケットもそのままで、なほの姿が消えていた。
「今の音はなに? なほ、はやせ、そこにいる?」
混乱する頭に追い打ちをかけるように、弱々しいことはの声が響く。
「待ってね。私もちょっと、わかんなくて」
「はやせ、そこにいるの? なほは? なんだろ、いきなり真っ暗になっちゃって、何も見えない」
ことはの言葉に、震えが止まらなくなる。
おそろしくて、アプリの画面を確認できない。
私は、泣きじゃくることはを置いて立ち上がった。
まっすぐ、バルコニーの端に向かって、歩が進められていく。
「ごめんなさい、そんなつもりじゃ」
二人に向けて、あるいは自分に向けて、声を振り絞って謝る。
それが精一杯だった。
そして私は、見つけてしまった。
お手本を、見つけてしまった。
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