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「よく来てくれたわね」
車から降りたノナを夫人は門の前で待ち構えていた。相変わらずブロンドがまぶしい。
「お久しぶりです」
ノナはぺこりと頭を下げた。相変わらず鞄を抱きしめたままで。
「緊張しないで。今日は、主人はいないから」
ここからは二人きりね、と夫人は運転手をどこかにやってしまうと、ノナの手を取り庭へと繰り出した。
「ここはね、季節の花が咲く庭園なの」
生垣ではピンクのアベリアが咲き乱れ、向こうには花時計が見える。奥の方には丸くドーム状になった建物も。用途は謎だ。
この家はずいぶん広いらしい。
目に入るものすべてが物珍しい。そうね、あの紳士が最初にこの庭を見せてくれたらもう少し考えてやったかもしれない。
隣を歩く夫人はぴたりと足を止めた。
「あなた、案外内弁慶なのね」
二人だけだからもういいでしょう、と夫人は続ける。
「都会の金持ちの申し出を断る山の田舎娘なんてどんな気が強い娘かと思ったら、とんだ期待外れね」
まただ、あの見透かすような瞳。ただし、今回は能天気な殻をかぶっていない、むき出しの感情だ。ノナは鞄をぎゅっと抱きしめる。
「でも、ここまで来てくれたのなら上出来よ。それさえ出来ない娘もいる」
夫人は薄く笑う。まるで試験されているようだ。
「今日、あなたはどうしてここに来たの? 断る理由もタイミングもいくつもあったのに。そして、どうして主人のプロポーズを断ったの?」
今度こそごまかしも、黙ることも許されない。そう悟ったから、ノナは口を開いた。
「退屈だったから」
一度口にしてしまえば、止まらない。
「村での暮らしは楽しいし、満足でもある。友達もいるし、両親も大切にしてくれる。でも、誰も星空の不思議に胸をときめかせないし、流星群は恋の神様の涙だって信じている。あなたのご主人もそう。そんな人が一緒じゃ都会に出てもお金があってもとても楽しそうだとは思えなかったから。でも、あなたは」
息を吸い込みなおして、
「退屈じゃなさそうだったから」
キラキラと輝いて見えたから。
夫人は満足そうに微笑んだ。合格、ということかしら。
「着いてきて」
夫人に先導されて、ノナは先ほど見えたドーム状の建物に入る。近くで見ると、思ったよりも大きい。
夫人に続いてノナが中に入ると、すぐに扉が閉められた。明かりはどこにもないらしく、真っ暗で何も見えない。
かちりというスイッチ押される音がした。
「あ」
見上げれば、降るような星空。
ドーム状になっていたのは、はるかな天球だったのだ。
「プラネタリウムっていうの、知ってる? 電気で夜空を再現しているわ。ほら、もうすぐ流星が降るわ」
天の一点から一斉に光の筋が零れ落ちる。
「この時期はペルセウス座ね」
流星群など、ただの彗星がもたらす塵が燃えているに過ぎない。それを知っていてもなお美しいと思う。
降り注ぐ星にただノナは見入っていた。
あれ?
「気づいた?」
夫人がいたずらっぽそうに笑った。
本来の夜空にはないはずの場所に、ぽつんと光が輝いていていた。
「あれは私からあなたへの贈り物よ。どう? 私のものになる気はある?」
ノナの答えはもう決まっている。
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