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第二部 中原燃ゆ 第一章 帝国の混迷 (2)
× × × ×
「兄者、私が出した召喚状への返事の具合はどうかな。」
大広間に主立った武将を集め、その中でユングがサルニオスに尋ねた。
「はい、ケムリニュスの長ゲルヌス卿は既にここ帝都に向かい、サルジニアの長クラントール卿もすぐに参内との返事が参っております。」
「他は・・・」
「はっ、それが・・・」
「何かと理由をつけ断りを送りつけたもの、それに全く返事のないもの。それぞれあろう。
恐れることはない。ありていに申せ。」
「そ、それでは・・・断りの書状があったもの・・・ザクセン、ハバレッタ、バルハドス・・・」
「いつものことだが、ハバレッタの住民反乱は本当らしぞ。」
そう言いながら尊大な態度で男が大広間に入ってきた。
「ほう・・ゲルヌスよ、偉くなったものだな。案内も請わず、ノックも無しにここに入ってくるとは・・・」
「偉くなったと言えばユング殿、貴方も偉くなったものだ。青二才が我等に相談もなく・・・」
ユングの目が妖しく光り、手刀が空を切る。
その刹那、まだ口を開いたままのゲルヌスの首がゴロンと床に落ちた。
「その首、ケムリニュスの執政院に送りつけよ。」
「マルキウス、その後のケムリニュスの処置はそちに任せる。」
「ユング様、今ダミオスの執政官が揃って登城致しました。」
急を伝える衛兵にユングが応える。
「通せ。」
「それが・・住民の反乱によりぼろぼろの姿で・・・」
「そうか、民衆を抑えるのに失敗したか。
ならば通すには及ばん・・殺せ。」
「カトゥ、ダミオスはお前に任せる。すぐに彼の地へ赴き、反乱に荷担したものは全て火焙りとせよ。」
「はっ。」と声を残し、カトゥはその場を去った。
続いてユングは、足下で震えるサルニオスに声を掛ける。
「さて兄者、先ほどの続きだが・・・」
「それでは続けます・・・断りのあったものロゲニア・・・返事のないもの・・ヴィンツ共和国、モアドス王国、ロンダニア侯国、それにロマーヌネグロン、ザルタニア・・以上でございます。」
震える口から声を振り絞りサルニオスは続けた。
「この情勢下では、ロマーヌネグロンとザルタニアからの返書は無理だろう。
それにしても、私の召還に応えたのは僅かに属州二つだけ、その内の一州の代表は先ほど死んだ。
これをどう見るかだな。」
ユングの暗く光る眼が、サルニオスとフルオスを交互に見た。
たった今起きた惨劇を眼の当たりにしたばかりの二人は、足先から全身へと拡がる震えを止めることが出来なかった。
運良くそこへ、取り次ぎの衛兵と書状をもった衛兵が現れた。
「サルジニアの総督クラントール卿、執政官四名を伴いお召しに応じ参上との儀。」
「クラントールはこの場へ、執政官は饗応の間へ通せ。」
「モアドス王ベネスアスの書状が参っております。」
「兄者・・・サルニオス・・・書状をこれへ・・・」
サルニオスは、何度も書状を取り落としそうになりながら、震える手でユングにそれを手渡した。
ユングが書状を開くとほぼ同時に・・・
「クラントール、ただいま参上致しました。」
衛兵が開け放った扉から背の高い男が現れた。
「クラントール卿、良く参られた。貴方も席を取るがよい。」
ユングはモアドス王の書状から目を離し、クラントールに自分の間近の席を勧めた。
「ハッハッハッハッ・・・ベネスアスめ高ぶり居って・・・」
「ベネスアスはなんと・・・」
「読んでみろ・・・」
クラントールの言葉にユングはモアドス王の書状を彼に投げ与えた。
「何を勘違いしたか、これは面白い。」
「クラントール卿、我等にも・・・」
「それでは私からご披露しようかな。
【我が国モアドス王国はカルドキアとは同盟の関係にあり、上下の隔てはないものと心得る。
しかるに、新皇帝ユングは対等な関係であるはずの私をログヌスに呼びつけ、臣下の礼でも取らせようとして居る。
これは心得違いも甚だしい。用が有ればそちらから参れば良かろう。】とある。
そう言うベネスアスが心得違いをして居る。これで、モアドス王国の運命は決まったも同じ。」
「クラントール、今動かせるそなたの兵力はどれ程だ。」
「周囲の状況を考えると・・約二千五百。」
「その兵力ではモアドス攻めは無理か・・・テーブルを持て、地図を拡げよ。策を練る。」
ユングは、暫しテーブルの上に拡げられた地図を見ながら考え込んだ。
「よし・・・
まずケムリニュス。これは先ほどゲルヌスの首を送ったことですぐに動向が知れよう。 大したことが出来るとは思えぬが、マルキウス、そちは五千の兵を持ってケムリニュスの国境に備えよ。万が一の場合はすぐにケムリニュスを討つ、この場合、後の処置はその方に任せる。また、ケムリニュスが恭順を示した場合。その兵も纏め、サルジニアへ向かう。」
「ダミオスへは先ほどカトゥを向かわせた。彼には三千の兵を与える。」
「フルオス、兄者はバルディオールと共に五千ずつの兵を持ち、バルハドスからロゲニアの動向を確認する。」
「ザクセンからヴィンツに架けてはスピオ、七千の兵を持て。」
「お待ちください。それでは帝国の正規軍は払拭してしまい、万が一の場合ユング様を護る兵力が・・・」
「私のことは心配せずとも良い。そなた達は、今授けた任務だけに全力を尽くせ。
すぐに手配を整えよ。」
命を受けた者に限らず皆が部屋を出て行く。
残ったクラントールにユングが声を掛ける。
「さて、サルミット山脈の北はこれで良し。後は南・・・
そなたならどうする、クラントール」
「ロマーヌネグロンとザルタニアの動向は・・・」
「彼の二州は私がモアドスにいた頃抑えてある。反抗の心配はない。」
「とすると・・・ロマーヌネグロンはロンダニアとの国境に兵を配し、残りの兵で南からモアドス王へ圧力を掛ける。そこを北から我が軍が討つ。
モアドスの軍を分断することでそれが可能になります。
そして、ザルタニアを動かしロンダニアを討つ。」
「ハバレッタの処置はどうする。」
「あそこには暫く手をつけない。元を討たなければ無理でしょうから。それには兵力と時間が掛かる。現状では無理かと・・・いかがでしょうか。」
「そなたの考えはまだ消極的に過ぎる。私の考えと一致するのはハバレッタの処置だけかな。
もう少し近う寄れ。」
ユングが小声で囁く構想を聞き、クラントールは驚嘆の溜息を漏らした。
「ユング様のお考えは、この大陸全土を戦火の海にしようと・・・」
「その通り。」
「しかし、それが、どこかで破綻すると・・・特にこの帝都の近くで・・誰かも申したとおり、ユング様を守る兵力が・・・」
「破綻か・・・それも計算して居る。
まず間違いなく・・フルオスは裏切る。
あやつは私への恐怖と不満から、バルハドス、ロゲニアの連合軍と手を握る。
本当の恐怖はそこから始まる。」
「サルニオス、今の話し聞こえたか。」
クラントール以外、その場に唯一人残ったサルニオスは、怯えた眼で首を横に振った。
「どちらでも良い。
只、口外せぬようにな。その時は狂い死にする程の恐怖が、お前を責め苛むことになるだろう。」
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