第二部 中原燃ゆ 第一章 帝国の混迷 (2)

2/4
前へ
/77ページ
次へ
 与えられた兵三千と進軍中参戦した兵千を合わせ、カトゥはカルドキア本国とダミオスの国境に立った。  千ずつの兵を三人の部将に与え、カトゥ自身も千の兵と共に中軍にあった。  「村を焼き払え。目指すは州都ニクルス。刃向かう者は全て殺せ。」  カトゥの命と共に全軍が動き出す。  ダミオスの住民達は反乱に成功し、カルドキアから派遣された総督を殺し、執政官達を追い出した。  しかしそれと共に、軍を纏める武官の大方は州を去り、今、将軍として軍を率いるのは、独立派の指導者が祭り上げた何の取り柄もない老将独り。その配下にある兵、僅か千。後は鎌や鍬を手にした百姓、町人五千。 国境付近の会戦の地にダミオスが集め得た兵力は僅かそれだけだった。  「突撃。」  カトゥの声に軍の中央を占める重装歩兵が相手の兵団に向け、長い槍を揃え進撃を開始する。両翼の軽装歩兵は敵の兵団の周りに散在する百姓・町民軍団を包囲するように攻撃を開始する。  烏合の衆でしかないダミオス軍は初めて組織だった軍の攻撃を受け、右往左往するだけで、その中では怒号が飛び交い、悲鳴がほとばしった。  中軍の騎馬隊を用いるまでもなく、勝敗はあっという間に決した。  戦いは、兵の激突ではなく、虐殺の様相を呈した。  その中にカトゥの声が響く。  「兵は皆殺しにせよ、その他の者は、抵抗する者は殺し、降服する者は捕縛せよ。」  戦いは終わり、三千の捕虜がカトゥの手に残った。それに五百の兵をつけ、ログヌスへ送る。  その頃、ケムリニュスではログヌスより送られてきたゲルヌスの首とユングの書簡を前に、執政官達が震え上がっていた。 ユングの書に従い降服し、兵を差し出すことを是とする者、あくまでも戦い独立を勝ち取ることを主張する者。声を震わせながらも怒声を交えた議論が展開されていた。  そこへ、ゲルヌスの弟である軍の総司令、マーゴットが現れた。  「ユングの書簡によれば差し出す兵は三千。その兵はサルジニアからモアドスへ向かうという。  今、カルドキアの正規軍は出払い帝都ログヌスは空だとも聞く。  まず、老兵、弱兵ばかり三千の兵を差し出す。  その軍をサルジニアへ見送り、残った兵の中から精鋭三千を選りすぐりログヌスを衝く。さすれば、兵力を持たぬログヌスは容易く墜ちるのでは・・・  執政官達、この策どう思われる。」  「しかし、失敗した場合、後はどう・・・」  そう言いかけた一人の執政官がマーゴットの剣の餌食となった。  「いかがかな執政官の皆様。」  マーゴットの剣に脅され、ケムリニュスの方針が決まった。  客将クラントールを伴い、ケムリニュスとの国境付近に三千の兵の布陣を命じ終えたマルキウスの下へケムリニュス執政院からの使者が着いた。  ケムリニュスは皇帝ユングに恭順し、三千の兵を差し出す旨の、執政官全員の血署の入った書簡が差し出された。  数日後、ケムリニュスが差し出した兵を謁見しクラントールがマルキウスに囁いた。  「これは使い物にならぬ。ケムリニュスが恭順を示したのは仮の姿。  この兵達は帝都の守りのためログヌスへ送っては如何かな。  現在、兵力を持たないユング様にとっては何かの足しになるかも知れぬ。」  マルキウスもそれに頷いた。    ログヌスで戦の報告を待つユングの下にダミオスの捕虜三千が送られてきた。  「全て火焙りにせよと言っておいたに、カトゥめ、情を起こしたか。  まあよい、屈強そうな者半分はポルペウスのキュアの下に送り、残り半分は住民への見せしめとし、処刑場で磔・火焙りにせよ。」  「さて、兄者。他に報告は・・・」  この頃は秘書官として何時もユングの側近くに控えているサルニオスが答える。  「マルキウスよりケムリニュスの兵三千をここログロスに送るとの知らせが・・・」  「どうせ弱兵と老人だろう。  老兵はダミオスへ向かわせる。指揮は私が直接執る。若い弱兵はキュアの下へ。  ロブロ、後の処置はそなたに任す。  サルニオス、他に報告は・・・。」  「バルハドスへ向かったフルオスとバルディオールの軍は国境付近でバルハドス軍と対峙しております。また、ザクセンに向かったスピオの軍はラモン川に敵を破り、ザクセンに攻め入っているよし、報告がございました。」  「そ、それにこれは確たる証拠はございませんが、ロマーヌネグロンがグラミオスを国王として独立の動きがあり。国境を接するロンダニア侯国と共闘を結ぼうとするという噂が入っております。」  青ざめた顔で報告を取り次ぐサルニオスにユングが声をかけた。  「ロマーヌネグロンは放って置け。  モアドスはどうして居る。」  「モアドスは、サルミット山脈を越える動きがあるとのことでございます。」  「ダミオスを攻めたカトゥは・・・」  「現在、州都ニクルスに向け進軍中とのことでございます。」  「よし。サルニオス、ダミオスへ向かうぞ。」  ポルペウスにあるキュアの下にダミオスからの捕虜と、ケムリニュスから差し出された兵が送られてきた。キュアはそれらを引き連れポルペウス山の奥の院へ向かう。  ポルペウス山の中腹、ちょうどルグゼブ神の巨大な座像の下辺りに、上下に二つ、ぽっかりと洞窟が口を開けている。  キュアに率いられた者達は、全身を鉄の鎧に覆われた騎士の一団に槍で脅されながら上の洞窟の入り口で全裸を晒した。  洞窟の長い階段を下りて行くと、腐臭を放つ薄汚い泥が詰まった大きな縦穴が幾つも並んでいる。  その中に裸の男達が次々に投げ込まれて行く。投げ込まれた者達は、底なし沼のような泥の海に助けを求める手を差し伸べながら沈んで行く。  「セイロスはこういった汚い仕事には手を貸さぬ・・いつものことだがな。  ザクロス、世話をかけた。」  ザクロスと呼ばれた全身を真っ黒な鋼鉄の鎧で覆った巨きな体の男は軽く頷いた。  「神の体内で十日もすれば奴等は立派な戦士に生まれ変わる。それまでの間私はここで奴等に最後の処置をする。  だが、戦はすぐに動く。  ザクロス、セイロスと共にバルハドス方面の戦いを頼む。人間どもに本当の恐怖を教えて遣ってくれ。」
/77ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加