第一部 旅立ち  第一章 バルドモスの山で(2)

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第一部 旅立ち  第一章 バルドモスの山で(2)

ディアスは今後の身の振り方を考えていた。いつかはティアの存在が村人に知られる。そうすると後は・・・  暫くは山に登らないと心に決める。その間に・・・  鍛冶屋を訪ねる。今まで貯めた金で鉄の剣を注文する。  次に服屋。四人分のよく鞣した皮製の服。 薬草、携帯用の保存食。  自分の仕事を考えるとそれほど怪しまれることはない。と考える。  剣を打ち終わるのに七日。それまでに出来る限りのものをそろえる。  しかし、先立つものが足りない。  南に拡がる草原まで狩りに出る決心をする。 考えをまとめると、ディアスの行動は速い。まず母親に狩りに出ることを告げ。父親の狩り道具を譲り受ける。  彼の父母は、何も疑わずディアスを送り出した。  ディアスの後を追いかけ、カミュが駆けつける。  「ディアスどうしたんだ、急に狩りだなんて。」  カミュが詰め寄る。  「あぁ、俺には俺なりの考えがあるんだよ。サムソンには伝えていたが、俺は暫く山には登らない。サムソンと力を合わせてティアのこと頼むぞ。俺が帰るまでは絶対に村人に知られるなよ。」  自分の考えを打ち明けるにはカミュはまだ幼い。そしてサムソンは・・・あの調子だからすぐに村人に知れてしまう。  ディアスはカミュを後に残し、南の草原の方へ去っていった。  後に残ったカミュは何も分からず、とぼとぼと村へと帰っていった。    夕日が山の端に掛かり始める。今晩はサムソンが山に泊まる。それはサムソンの両親も承知していると聞いた。独り、自分の小屋に戻り、眠れぬ夜を過ごす。  ティアのこと。まだ何も知らない。月の民だと言うことだけは解った。それ以外はまだ・・・  そして、ディアスの行動。腑に落ちないことが多すぎる。急に狩りに出、暫く帰らないという。ティアのことをどう考えているのか。我々三人の行方をどう考えているのか。  ディアスが狩りから帰ったら、問いたださなければ。  カミュはカミュなりに懸命に、今後の事の成り行きを考えた。  夕暮れ過ぎ、ディアスはラクオスの宿場に着いた。今晩はまず、村の外の情報を集める、そのことに集中する。  外の世界から意図的に隔絶したロニアスの村では、村の外の情報がほとんど入らない。  宿場にある酒場の一軒に入る。ビールを頼み、辺りに目を配る。  隅のテーブルでカードゲームに興じながら、世間話をしている一団がいる。  その話に耳をそばだてる。  「最近、戦という戦がないなァ。」  「最近と言うよりここ何年もだろう。」  「そう、そう、カルドキアの皇帝が先代から今のサミュエルに代わってからずっとだ。」  「おかげでこっちの仕事はあがったりさ。傭兵なんざ戦がなければ只の人・・以下か・・・」  「そうだよな、先代の時までは一気に中原まで攻め入り、一時はローヌ川の南まで勢力を伸ばそうか、と言う勢いだったが、サミュエル皇帝になってから融和主義とか言って、さっぱり戦がねえ。」  「どうするんだ、これから。」  「そうだな、クローネンスの山地にでも登ってバルバロッサの一味にでもなるか。」  「おい、あいつらだけは止めたがいいぜ。ありゃ人間じゃねえ。ほとんど獣だぜ。相手構わず戦いをふっかけちゃ集落ごと滅ぼす。」  「そうだよな、若い女は連れ去り、子供は奴隷に売り飛ばす。男と見りゃあ皆殺し。あそこだけはごめん被るよ。」  「ハハハハ・・・冗談だよ。俺も一度彼奴等にやられた集落を見たが、そりゃ悲惨なものだったぜ。」  「だよな、手前がもし奴らの仲間になったらその時点で俺たちの友情もお終いだぜ。覚悟しとけよ。」  「そう言やあこの間、エルフの娘が奴等に追いかけ回されているのを見たが、障らぬ神に祟り無し。ほったらかして逃げてきたが、あの娘今頃・・・ヘっヘっヘっヘっ・・・・。」  (ティアのことか・・・)  「おいほんとか、今時エルフとは珍しいじゃねえか。彼奴らは今じゃ山の中、どこにいるかさえ解らないって言うじゃないか。」  「そうそう、そのエルフ様さ。」  「その女、べっぴんだったか。」  「そのことよ、元々エルフ族は美人揃いとは聞いていたが、ありゃすげえべっぴんだったぜ、だがバルバロッサの餌食じゃあな・・・。」  後はティアの品定め。それと野卑た痴話物語り。  続いてディアスはカウンターの二人の男の話に耳を傾ける。  「知ってるか。ロニアスをおん出たダルタンの話。」  「おうおう、クローネンスの山奥で隠遁生活送っているという彼奴だろう。」  「ちょっと聞かせてくれないか。その話。」  思わずディアスが声を掛ける。  「誰だよ、てめえは・・・。」  「おい、訳の分からねえ若えのに話を聞かせる必要もない。今日の所はこれくらいにしとこうぜ。」  二人の男はそそくさと席を立った。  (惜しかった。黙って話を聞いていれば・・もしかして、これからの俺たちの行き先の目安が見えてきたかもしれないのに・・・仕方がない今日は宿に帰って・・・)  ディアスは失望感と共に宿に戻った。    その夜の夜更け。  ドンドンとドアを叩く音がディアスの部屋に響いた。ディアスは枕元の古い剣を手に立ち上がる。  「誰だ。」  ドアの外に声を掛ける。  ギーィときしむ音を立て、ドアが開く。  「怪しい者じゃないぜ。さっき酒場で話していた者さ。」  「そいつが何のようだ。こんな時間に・・・。」  「ヘッヘッヘッ・・・さっきあんたダルタンの話にえらく興味を持ったようだったな。なんならあの話、聞かせてやってもいいぜ・・もっとも条件次第だがな。」  「条件とは何だ。」  ディアスは藁をもつかむ思いで話を聞き出そうとする。  「ヘヘェ、大したことじゃないぜ。俺っちは、今仕事がなくてよォ、明日の酒代も無いときてやがる。」  「金か。」  「それと、あんたに腰を折られて今夜もあんまり飲んでない。ときたもんだ。」  「そこから下に声を掛けて酒を頼め。俺のおごりだ。」  「若いのスラスラと話が分かって、いい男だぜあんたは・・・。」  酒瓶が運ばれてくると、男は話し出した。 「ダルタンの話だったよな。」  「そうだ、早く話せ。」  「そう急かしなさんな。まずは一杯・・・」  グビグビと陶器の杯の酒を飲み干す。酒が回るにつれ男は饒舌になる。  「今から二十年ほど前だったか。ダルタンという男がロニアスの村におったと思いなせえ。」  「元々、あの村は二つに分かれていた。古くからあの村に住んでいたアリアスの末裔と言われる者達と、戦いに敗れ、ロマーヌから逃げてきた者達。」  その話はディアスも聞いたことがある。そして俺は・・・と、考える。  「アリアスの末裔と言っても、そこに残っていたのは、くたびれた年寄りと女子供が多かった。」  それはそうだろう、アリアスは村の殆どの若い男達を連れ、戦に旅立ったという。  「そこへ全滅したアリアス軍に代わってロニアスの若い男達が入ってきた。まあ血が混ざるわな。、自然と。」  「元はモングレ何とかと言っていた村の名前がそのうちロニアスに変わっちまった。」  「時が経つにつれアリアスの勇気を忘れ、村は保守的になってゆく。」  「ところで、兄さんどこの出身だ。この近辺じゃ見かけない顔だが。」  「俺か、俺はオルランド山の北からやって来た。旅の狩人さ。」  ディアスはでたらめを応えた。  「そうかい、するとフィルリアかい。あそこの女王様は、えらくべっぴんって言うじゃないか・・ほんとは、どうなんだ。」  「知らないよ。俺の身分じゃ女王様にお目通りと言うわけには行かないからな・・・それよりダルタンの話の続きは。」  「そうそう、ダルタンだったよな・・・  ロニアスの村は、よそ者を全く入れないほど超が付く保守的な村になった。」  「そこにダルタンだ。」  「彼奴はアリアスの勇気を胸に持っていた。そう・・村では只独りの男だと言っていい。」  「えらくロニアスについて詳しいが誰に聞いた。そんな話を。」  ディアスが話の虚実に探りを入れる。  「あぁっ、ここの女将だよ。この女、ダルタンの後を追って村を出たらしい。そいつの話だから間違いねえよ。」  「で、ダルタンはなぜ村を出たんだ。」  「ちぃっと、腹が減ったな。何か食い物はっと。」  「解ったよ。」  「女将さん、女将さん・・遅くに済まないが、何かつまみがないか。」  ドタドタと階段を上がってくる女将の足音がし、建て付けの悪いドアが、ギーッと派手な音をたてて開く。そしてムースの干し肉が盛られた皿がガチャンとテーブルの上に置かれる。  「よう、ヨランダ。お前が直接つまみを持ってくるとは思わ無かったぜ。お前も一緒にどうだ」  「何いってんだよ。あんたの与太話にこの若い人が騙されやしないかと、下でずっとあんたのだみ声を聞いていたんだよ。もういい加減にしたらどうだい。」  「いいんだ女将さん。俺が話を頼んだんだ。それより遅くに済まない。」  ディアスが詫びを入れる。  「そうだ、俺の口からより、あんたの口からの方が、話が本当に聞こえるってもんだ。いっちょ、話してやってくれよダルタンの話をヨ、この若いのに・・・。」  「良いのかい若い人。」  「あぁ、話を聞かせてくれるなら・・ほら存分にやってくれ。」  宿の女将も酒を煽る。そして・・・  「ダルタンねェ、顔は悪かったが、ありゃあいい男だったよ。村にはいないタイプでねぇ。アリアスの偉業を思い出せと、村の若い男を集めてはそればかりを言っていたよ。」  「でもねェ、村の男達はダルタンの言うような勇気も何もあったもじゃない。只、ダルタンの元に行けば酒が飲める。その程度のものだったと思うよ。」  「それでも人数だけはダルタンの元に集まる。  ダルタンはそれらを集めて剣術やら、戦の教練やら毎日のように若者達を鍛えていた。 そんな風潮に村長が怒り、ダルタンを呼びつけた。夜遅くまで二人の声高の言い争いが村に響いた。」  「その翌日から、ダルタンは自分の家に引き籠もり誰にも会わなくなった。」  「三日目だったかねェ・・・突然村の広場にダルタンが立ち、若者に、村を捨て、カルドキアの進出に苦しむ中原の人々を助けるため立ち上がるべきだと呼びかけた。」  「でもねェ、ダルタンの思い込みに過ぎなかったのさ。若者達は誰もダルタンに同調しなかった。  村長の締め付けもあったろうけど、村の若者にそれだけの気概が無かったってことさ。」  「翌日、ダルタンは失意のうち独りで黙って村を出た。」  「それを追いかけたのがこのヨランダって訳さ。」  「そう、そんな村に飽き足らなくてね私は・・・。」  「惚れてたって言っちゃどうだい、ダルタンに・・・」  「混ぜっ返すんじゃないよ、人の話を・・・でもそれっきりさ、ダルタンとは・・・今はどこでどうしているやら。」  「それから先は俺の方が知っているときたもんだ。」  「ダルタンは村を出た後、お前の国、フィルリア王国に行ったらしい。だが、カルドキア帝国の皇帝が代わり、戦なんてものは無くなっていた。」  「時代遅れだったんだよダルタンは・・・」  「そうかなァ。今だってまだ戦の可能性はあると思う。俺は・・・」  ディアスが口を挟む。  「ところで、ダルタンは今どこに・・・」  「アア、何でもクローネンス山地の北の端で魔物と一緒に暮らしているって話だ。」  「そりゃあ、只の噂話だろう。」  ヨランダが話を引き取る。  「魔物って・・・」  「おい、おい、もう勘弁してくれよ。これだけ話しゃあもう十分だろう。おらあ眠くなってきたぜ。」  「そうだね、これ以上話したって後は只の噂に過ぎないし、それにあんた・・明日早いんだろう。もう寝たが良いよ。」  ヨランダの言葉が話の終わりを告げ、二人が部屋を出て行った。  ディアスはベッドに入った。が頭がさえ、なかなか寝付けない。しかし、その中でこれからの行き方が決まった。  (まず、ダルタンを探す。そして彼の力を借りティアをルミアスへ送り届ける。それからは・・・まあとにかくまずは狩りだ。金がないことには・・・)  ディアスは毛布をかぶり無理矢理眠りについた。
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