第一部 旅立ち  第三章 帰郷

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第一部 旅立ち  第三章 帰郷

 「ティア様はまだ見つからぬのか。何をやって居る。」  ルミアスの王、ブリアントの側近の怒声が今日も玉座の間に響く。その声に兵士達が八方に散る。  「マーラン、もう良い。」  「陛下、もう良いとは・・・」  「ティアは谷の外へ出た。そこでバルバロッサに襲われた。ティアは国の掟を守り、谷へ戻らなかった。それだけのことだ。」  「それだけのこと・・・。ティアの兄である私には納得できない。」  部屋の隅で二人の会話を聞いていたイシューが話に割り込む。  あれは、三週間ほど前のことだった。友と二人、只独りの従者を連れティアは王宮を出た。いつものように谷の入り口近くの別邸まで花摘みと、そこに住む老婆の話を楽しみに・・・。  しかし、別邸で一夜を明かした後、花に誘われるように谷を出た。北の台地に拡がる草原、確かにそこは一面の花畑だ。生まれて一度も谷の外へ出たことがなかったティアは老婆の話に聞いた草原の誘惑に勝てなかった。 友と二人、こっそりと別邸を出る。それを見咎めた従者が止めるのも聞かず、谷の外に足を踏み出した。  そこは狭い谷とは違う別世界だった。青々とした草原が何処までも拡がり、その中に綺麗な色をした花々が点在する。  ティアは悲鳴に近い感嘆の声を上げた。摘んでも摘んでも摘みきれない花々の中を友と二人、はしゃぎながら駆け回り、花を摘んでは籠に入れていた。  その時、音もなく近づいたバルバロッサに従者の胸が射抜かれた。  悲鳴を上げるティア・・・逃げまどい追い詰められて行く。  そこまでが、バルバロッサが去った後、虫の息で別邸まで帰った従者の話だった。  「私には納得できない。」  再びイシューが繰り返す。  「たとえ養女とはいえ、兄妹として今まで育ってきた。私には肉親の情がある。」  「それとも、父上には・・・」  「何を言うかイシュー。この私も同じ肉親。その情として、ティアを何時までも探していたい。  しかし私は王だ。肉親の情に引きづられこの谷の生活を脅かすことは出来ない。」  「なぜ、ティアを探すことが国を保つことと相反する(あいはんする)と・・・」  「直接にはバルバロッサ、それに危うく保たれているとはいえこの大陸の情勢・・・それがお前には解らぬか。  それに息絶えた従者の話ではティアは矢に射抜かれ谷に落ちたと言うではないか・・。」  「父上はそれをご自分の目で確かめたのか、確かめることもなくティアは死んだと・・・  それにこの世界の情勢、まずはバルバロッサ・・何を恐れる。父上は若かりし頃、あのアリアスの軍に加わり、戦に参加したという。その父上がなぜ・・・」  「その通り、私は戦に加わった。しかし、その時、見たくもないものを目の当たりにしすぎた。もう戦はごめんだ。あの様な惨状の中にこの谷の民を巻き込みたくはない。」  「しかし父上・・・」  「王子よ、そう王を困らすものではない。」  「ローコッド、外の世界を知る貴方まで・・・」  「私だけではない。陛下も外の世界をご存じだ。  知っているだけに、この谷を守ることにご努力なされて居る。」  「解った。・・・もう・・よく解った。」  イシューは跫音を荒げ部屋を後にした。  その晩、イシューの部屋に二人の若者と一人の少女が集まった。  「ティルト、ダイク、それにフェイまで。何事だ。」  「そろそろ、出発かと思ってね。」  ティルトがそう応える。  「出発・・・」  イシューがとぼけた顔で繰り返す。  「妹も・・・私の妹も、バルバロッサに・・・」  フェイが涙ぐむ。その涙がコロンと床に落ちルビーになった。  「確かに、王の言うことも解る。だからエルフ族の女は狙われる。」  ダイクがそのルビーを手に取った。  「しかし、それとこれは話は別だ。準備は出来ているんだろう。イシュー。」  「隠し事は不要って事か、お前達には・・・」  イシューは苦笑いを漏らした。  暗がりの中、衛兵の目を盗み城壁を越え、壕代わりの川を渡る。  城の衛兵の目を盗むためわざと険しいダルビドス山に登る。  その登山道に黒い影が佇む。  「お待ちしておりました。」  「ローコッド。なぜ貴方が・・・」  「王様の命令でね。」  「父上は・・」  「全てお見通しです。あなた方がこの道を通ることまでね。  つまり、見つかることはない。一休みしてはいかがです。中の砦に着けば馬もあることだし。」  「父上が・・・」  翌日からの行程が決まる。まず川に出て、ダイクが隠してある舟で中の砦まで行く。そこからは馬でその日の内に別邸まで急ぎ、下の砦で一泊する。  ローコッドの話では、明日の夜、王からの追っ手の使者が中の砦に着き、その翌日の昼過ぎ下の砦に達するという。  つまり、追っ手の使者はイシュー達が通り過ぎてから、それぞれの砦に達するという手はずになっているらしい。  ローコッドはそれを伝えるために、この山中で待っていたという訳だ。    翌朝、イシューは耳元でクルックルッと鳴く鳩の声で目を覚ました。 「腹ごしらえをしたら、そろそろ出かけましょうか。」  「ローコッド、貴方は城に・・・」  「王様への連絡はこの鳩で十分でしょう。」  ローコッドの手の中から、白い鳩が山に囲まれた狭い空に飛び立った。  イシューとローコッド二人は揃って川へ急いだ。  「遅いぞ、イシューッ。」  流れの速い川面に揺れる小舟からダイクの大きな声が飛ぶ。  「そんなに大きな声を出すものではない。」  小舟に乗りながらローコッドがダイクに声をかける。  「王様はご承知と言えど、我々はあくまで追われる身、目だたぬように気をつけねばならぬ。」  「そうだったよな。」  ダイクが済まなさそうに肯いた。  昼過ぎに中の砦に着く。声をかける衛兵に軽く会釈をして砦にはいる。  「まずは、食い物、食い物。」  ダイクが陽気に声を上げる。  イシューとティルトは馬を見に行く。  そのころ城ではイシュー達の姿が見えぬ事に疑いが渦巻いていた。  そんな中、ブリアント王がマーランを呼びつけていた。  「ローコッドから手紙が届いて居る。」  マーランが手紙を読む。  【イシュー様と同行のものを発見、私は後を追いイシュー様の行動を確かめます。】  手紙にはそう書いてあった。  王の手元にはもう一通の手紙が握られていた。  【委細は王の予想通り、予定の行動において・・・】  ブリアントは激怒を装い、すぐに追っ手の兵をだすようにと命じる。マーランはそれを押しとどめ、まず中の砦、下の砦に使者を出すべきだと主張する。  ブリアントは渋々という体でそれを認め、心の中でほくそ笑んだ。  ×  ×  ×  × 山越えの食料の調達を兼ねた行程はなかなか進まない。やっと普段ダルタンが住むという洞窟に着く。  その夜、カミュがドリストに迫る。  「ドリスト、話を聞かせてくれるという約束は・・・」  「そうだったな、だが儂等は動くことが苦手だ。だからサルミット山脈の北のことはよく知らん。それで良ければ話して聞かせよう。」  カミュとディアスはそれに頷いた。  「さて、どこから話そうか・・・まず、ロニアスの忌まわしい過去について、ダルタンから話してもらおうか。」  「俺からか、まあいい・・・忌まわしい過去というのはなぁ・・・。」 ダルタンが話し始めた。  「・・・サルミット山脈を越えたアリアスは、サルジニアの首都サンドスを前に七日ほど援軍を待った。が、急に行軍を曲げケムリニュスへ向かった。」  「なぜ、なぜアリアスは兵を曲げたんですか。」  突然、カミュが急き込む(せきこむ)ように訊いた。  「それは今もって解っていない。しかし、俺が考えるに、サルジニアは連合軍に任せ、まずケムリニュスを叩き側面の脅威を取り除く。」  「それに併せ、ケムリニュスとは山脈と黒い森越しに国境を接する現在のハバレッタ、そのころは別の国名だったらしいが・・それとストランドス侯国に参戦を促したと見ている。」  「しかし、その二国は参戦しなかった。戦略の失敗か・・・」  ディアスの言葉をカミュが引き取り呟いた。  「でも、戦略の失敗だったら、アリアスはなぜその後も死の谷を目指した・・・」 「まあ、とにかく。アリアス軍が兵を曲げた直後にロマーヌ、モアドス連合軍がサルジニアに現れた。」  「連合軍はなぜ遅れたんです。」 再びディアスが口を挟んだ。  「遅れた理由か・・・」  ダルタンの口元に哀れむような笑いが漏れる。  「先陣の譲り合い。負け続け臆病になった二人の王は先陣を譲り合った。そして論争の結果、モアドス軍が先陣となった。」  「モアドス王スメスタナは恐る恐る兵を進めた。しかし、その前に山脈を越えたアリアス軍によって敵は駆逐され、その後に来るモアドス軍は、村々に解放軍として迎え入れられた。  だが、たいした戦闘もなく村に入ったモアドス軍は戦後の利益を確保するためか、略奪に走った。逆らうものは殺され、若い女達は暴虐の嵐にさらされた。」  「ロマーヌ王インジュアスはこれに怒った。それは人道的な理由ではなく、ロマーヌ軍の取り分がなくなることに対して・・・」  「そんな馬鹿な・・・アリアスは・・・」  カミュの言葉にダルタンが応える。  「そう・・人民の解放。聖戦と思っていたのはアリアス軍だけだった。」  「インジュアスの使者を受け入れ、スメスタナとインジュアスの会談が始まった。決まったのはサンドス入城は、ロマーヌ軍が先。その際の利益の恩恵はロマーヌ軍が受けるというものだった。」  「しかし、スメスタナは真実(ほんとう)はそれに不満を持っていた。」  「しかし決定は決定。  そして、サンドス入城後、ロマーヌ軍は暴虐の限りを尽くした。」  「翌朝、そんな彼らを待っていたのはサンドス城をめざして進軍してくるカルドキア正規兵の大軍勢の情報だった。」  「アリアスは・・・」  「その頃はもう死の谷を目指していたという話だ。」  「サンドス城内は大混乱に陥っていた。そうしたさなかモアドス軍が裏切った。」  「勝手に兵を退き、南下した。後に残されたロマーヌ軍はカルドキアに降伏し、インジュアスは悪魔に魂を売ったという話だ。」  「そしてアリアス軍は・・・」  「死の谷に全滅したと言われている。」  「それが裏切りの忌まわしい過去。」  「そう、だがまだ話は続く。それはドリストに聞いた方が正確だろう。」  ダルタンが話に一区切りつけたところで、ドリストが語り出した。  その夜はいつになく遅くまで話が続き、皆が眠りについたのは丸い月が西に傾きだしてからだった。   翌朝早く。動くのが苦手というドリストと別れ、一行はクローネンス山地の迂回の道についた。 ×  ×  ×  ×  下の砦を出、滝裏の隠れ道を通り、イシュー達は台地に拡がる草原に出た。もうここまで来れば大丈夫という安堵感から馬の歩速が緩む。  「さて、これからどうする。」  そうイシューに訪ねるティルトにダイクが応える。  「バルバロッサ退治だろ、クローネンス山地が奴等の本拠。そこへ向けて一気に攻め込む。」  「そして、我等たった五人・・全滅しますか。」  ローコッドがダイクの言葉を混ぜ返す。  そのやり取りに、フェイの頬にも僅かに久々の笑みが浮かぶ。 その時、フェイの馬の足下に一本の矢が刺さった。  「バルバロッサだ。馬を走らせろ。」  イシューの後に続き、四人が馬を駆る。  「イシュー、好機だろう、今ここで・・・」  「ダイク、馬鹿を言うな奴等は何人いるか解らない。今ここで奴等と戦うわけにはいかない。」  イシューの声に、  「ほうっ」  と、ローコッドが溜息とも感嘆ともつかぬ声を上げた。 バルバロッサをやり過ごすため、川沿いに南へ馬を走らせる一行の前に深い谷が口を開ける。  (ティアはここに落ちたか・・・)  父の言う通りティアはもう生きていないかもしれない。イシューの心に絶望が芽生える。  「ティア様は助かったかもしれませんなぁ。」  イシューが声の主、ローコッドを振り向く。  「ここらは結構水深が深い。一度、途中の木にでも当たり、落下の速度が落ちたなら・・・あるいは・・・とにかく探すことですな。」  「明日は台地を探索し、その翌日は川の流れに沿って西の草原を探してみてはどうです。」  「そうだよな。バルモドス山の南まで行けば宿場町があると言う。そこには色んな人間達が集まって居るとも聞く。」  「そうです。まずそこで情報を集める。そうすればなんだかの手がかりがあるやも知れぬ。」  と、ティルトの言葉をローコッドが引き取った。  「妹のことも・・・」  「そう、ルシールのことも・・・」   四日を掛け、朝から日暮れまで、手分けして草原をかけずり回ったが、何の手がかりも得られなかった。  気落ちし疲れた体を引きずって、宿場町に入った。  その夜、町中の酒場、宿屋とあちこちで集めた情報を町はずれにたてたテントに持ち寄った。 まず、ルシールの事。  バルバロッサに連れ去られたという噂をダイクが突き止めてきた。  彼女はバルバロッサに女奴隷として扱われ、奴等の慰み者になったという。そんな生活の中、涙を零すこともあったろう。その涙がルビーに変わることを知り、バルバロッサはルビーの涙を搾り取るため拷問を繰り返し、今頃はたぶん・・・・  「妹のことは・・・あきらめます。」  フェイが絞り出すように呟いた。  そして、ティア。  河原に流れつき、バルモドス山の方に逃れたらしい。その日はそこから先の消息は分からなかった。  バルモドス山の麓にあるのはロニアスの村。そこは絶対によそ者をいれないという。となればその村に潜入し、情報を集めるしかない。 潜入役はティルト。  宿場町にはローコッド。  草原はダイクとフェイ。  イシューはバルモドス山に。  翌日のそれぞれの役割が決まった。  フェイの啜り泣きが聞こえる中、四人はまんじりともせず朝を待った。 朝まだ暗いうちに、ティルトがロニアス村への潜入のためテントを出る。身のこなしの素早いティルトには潜入という仕事はうってつけの役だった。  テントを畳み、残る四人もそれぞれの役につく。  ローコッドは一番最後に動き出し、酔いどれを装いラクオスの町中に入った。  酒場へ行く。  そこで様々な人の話を聞き込んだ。  その中の一人にロニアスの狩人がいた。彼の息子は村の掟を犯し、村の北へ向かい立ち去ったという。 また、宿の女将の話に、二十年ほど前、ロニアスの村を捨てたダルタンという男にやけに興味を持った若者が居たことも聞けた。 草原を駆け回っていたダイクとフェイは、旅の商人が話すルシールの消息を仕入れた。  ロニアス村を避け、険しい道をバルモドス山に登ったイシューはみすぼらしい割に壁板だけが立派な山小屋にたどり着いた。  その中にはエルフ族しか織ることの出来ない絹の布きれを発見した。  イシューは血塗られたその白い布がティアのものと確信した。  四人は、ロニアス村に潜入したティルトの帰りを待つ間に、約束通りバルモドス山の山裾にテントを張り火を熾した。その火を目印にティルトが四人の元へ戻った。 一つのテントに五人が集まり、収集した情報を披露しあう。  ルシールは死の寸前までの責め苦を受け、涙を搾り取られた。しかし、ルビーの涙は人の手が触れると即座に唯の水に変わってしまう。それを知ったバルバロッサにぼろくずのようになった躰を魔の湖の畔に捨てられたらしい。しかし運良く、たまたまそこを通りかかったドワーフ族の男に拾われ、湖の魔物の餌食になることから救われた。ただ、その後の消息は分からなかった。 生きている。生きていることだけは確かだとフェイは涙を流して喜んだ。  ティアはバルモドス山の小屋でロニアスに住む三人の少年にかくまわれたが、それが村の掟を破ることになり、三人の少年共々村から追放になり、村の北に向け旅立ったと言う。  ローコッドの調べによると、四人はその後、クローネンス山地の北側に住むダルタンを頼って行ったと思われた。  明日からの行く道は決まった。クローネンス山地の北側。そこにティアが居る。
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