第一部 旅立ち  第四章 月の谷にて 

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第一部 旅立ち  第四章 月の谷にて 

 ティアの懇願もあり、カミュ達は好きなだけ月の谷での滞在が許された。そしてイシュー達の謹慎も解けた。  毎日の日課をこなす日々が始まる。  朝はまず思い思いの武器の教練。  昼はそれぞれの自学。  夜は座学。  若いエルフ達に混ざりカミュ達三人も活き活きと日課をこなす。  ダルタンはドリストと共にマーランやローコッドを相手に政治学、宗教学それに世界情勢の討論を毎日のように行っていた。  朝の教練が終わる。  ディアスは弓、剣は勿論、槍に格段の進歩を見せ始めていた。  サムソンは最近大鎌に興味を持っているようだ。  カミュと言えば、剣はまあまあとしても、弓はまだまだ進歩の後が見えない。それを補うようにローコッドに師事し魔術を覚えようと考えている。 昼食を終えるとカミュとディアスは書物庫へ、サムソンはまた武道場へと向かう。  自学の後は、夜食を終え、ドリスト、マーランを教授に、伝説、歴史、思想の講義を受け、ローコッドを師に世界情勢を習う。それに加え、たまにはブリアント王自身による、政治、戦略、戦術の講習までがある。  今まで教学というものをまともに受けたことがなかった三人にとって、それは素晴らしい生活の始まりだった。  「カミュ、今日も史書か。」  「そう言うディアスは、今日も戦史・・」  短い会話を交わし二手に分かれる。  書庫のテーブルに着き、カミュは本を開く。その足下にピュロが淋しそうにまとわりつく。  【神紀前八年。ロアンヌ一世はローヌ川の河畔にタキオスの町を建設する。  タキオスは近辺の村々で収穫した穀物を上流のエルフ族の国、ルミアス王国に運ぶ舟の行き来で栄えた。  その頃、国と言えばタキオスの南東に位置するフィルリア王国。  タキオスの北にモアドス王国。それにルミアス王国が広大な中原に存在するだけだった。また、サルミット山脈の北では、この大陸の全ての人々が信仰する聖なる山ボスポラスを護り、全ての祭祀を執り行うプリンツ神国だけがランドアナ高原の北辺に存在していた。】  【神紀後三年。ロアンヌ一世はタキオスの南、エフェソスを都と定め、ロマーヌ王国を立ち上げた。  ロアンヌ一世は善政を敷き、周辺の未開の部族がこの都エフェソスに集まりだした。  また、タキオスの町はルミアス王国との交易により益々栄え、モアドス王国の首都モタリブスを凌ぐ程になっていた。  サルミット山脈の北でも、この頃ようやく諸部族が大きな集落を作り始め、一部では国を作る動きが出始めていた。】  (神紀。神紀とは・・・)  カミュは疑問に思う。  ある時を境に前と後に分かれる。年号が二つに分かれたとき何があったのか・・・  【神紀後七年。塩を交易の柱としたレジュアス王国成立。ルミアス王国はレジュアス王国に使者を送り、国交を開く。  翌年、ルミアス王国との交易によるレジュアス王国の強大化を恐れ、ロマーヌ王国、続いてフィルリア王国も友好的にレジュアス王国と国交を結ぶ。】  【神紀後十年。ルミアス王国は相変わらず王国の中の王国として中原に君臨。  ロマーヌ王国はローヌ川の北側まで勢力を伸ばし始める。それを受け、モアドス王国も南下を開始。  レジュアス王国は塩に続き、良馬の産地として国力を伸ばした。  ロンバルギア平原では周りの小部族を従えヨルミオス族族長がヨーク王を名乗り、ヨーク王国を建てた。】  【神紀後十二年。南下の速度を速めたモアドス王国と北進を続けるロマーヌ王国が遂に激突。現在のロマーヌロンドの辺りの草原で会戦が行われる。戦いは常にロマーヌ軍の優位のうちに進み、その結果モアドス軍は北へ向け敗走した。】  「なぜ、そんなに簡単に勝敗が決したと思う。」  脇目もふらず史書に没頭していたカミュが振り向くと、真剣な顔のディアスが立っていた。  「モアドスは銅の産地として名高く、その殆どの兵が青銅の鎧を身につけ、青銅製の武器を手にしていた。  それに対しロマーヌ軍は、まだ石弓を使い、歩兵は皮の鎧しか持たず、やっと青銅の剣が行き渡っていたばかりだった。」  「それがなぜ・・・と思わないか。」  それに、カミュが肯く。 「馬と鉄・・・。馬はレジュアスから、鉄はルミアスから、それぞれ交易で手に入れていた。」  「僅かな鉄と馬ではあったがロアンヌ一世はそれを効果的に使った。  騎馬兵に鉄の鎖帷子を着せ、敵陣に向け突撃させた。武器は大した物ではなかったがこれで敵は乱れた。そこを歩兵で衝いた。  そうやって、二千に足りない軍が、五千にも及ぶモアドス軍を破った。」  「文明の発達。それをいかに取り入れるか・・・その差が勝敗を決めた。」 そのカミュの呟きに、ディアスが応える。  「それもある。  が、ロアンヌ一世の戦術の巧みさだと俺は思う。」  それからは、いつものように二人の議論が続いた。 「マーラン様、神紀に於ける”前・後”とは何をもって決まったのでしょうか。」  その夜の座学の時間、カミュが口を開いた。 「ほほう、カミュはそんなことに興味を持ったか・・・。誰か解るものは居るか。」  マーランの言葉に皆が首を横に振った。  「学問とはまず好奇心から始まる。知りたい。その心が探求心を育てる。  そこに知識が生まれる。  今まで神紀後と言う年号を使いながら、カミュ以外誰もそこに思い至らなかったか。」  「神紀とはこの大陸に神が降り立ったと言われる前・後によって著す年号。」  「神が降り立ったとは・・・」  更にカミュが質問を続けた。  「神紀後元年三の月、聖なる山ボスポラスに神が降り立ったと言われて居る。  その時を境にそれまでプリンツ神国の中だけで使われていた神紀と言う年号が前・後に分かれ大陸中に拡がった。」  「神とは・・・。」  「それは私にも解らぬ。ただこの大陸が混迷を極めた時、神は復活し悪を打つと言われて居る。」  その後は各々の討論に入り、それぞれの論に対し質疑応答が繰り返された。  「ディアス、カミュどう思う、今日の講義。俺、お前達みたいに頭良くないけど、おかしいと思うんだ。  だって、この大陸が混迷を極めた時って言うなら、なぜ、アリアスの戦いの時、神は現れなかったんだ・・・神ってほんとにいるのか。」  座学からの帰り道、サムソンが二人に尋ねた。  「アリアスは、神を探そうとしたんじゃないかな。神と共に混乱を鎮めようとした。僕はそう思う。」  「俺は違うと思う。神はいなかった。それに気付きアリアスは内なる神に目覚めた。だから兵を曲げ、自分の力で混乱を収めるため死の谷へ向かった。」  「でもディアスは、あれは戦略だと・・・」  「ああ、あの時はそう思っていた。だがここで色んな事を知るにつけ、考えが変わってきた。大体プリンツ神国というのが胡散臭(うさんくさ)い。」  「私もそう思います。」  突然、三人の後ろから声が掛かった。  「イシュー様」  サムソンがその影に腰を低くする。  「サムソン、何時も言っているが、その“様”と言うのは止めようよ。それを聞くたびにお尻がムズムズする。」  「解りました。イシュー様。」  「ほら・・・だから・・・」  「あっ・・・」  四人に顔に笑いが走った。  「ところで君たち明日の夜、僕の家へ来ないか、座学は休みだし・・・何人か集まることになっている。良かったら・・・」  「おじゃまします。」  ディアスの快活な声に残りの二人も肯いた。 いつもの朝の教練で剣、弓、槍と一通りの訓練を終えた時、 「ディアス、これどう思う。」  手にした小さな斧をサムソンがディアスに見せた。  「なんだそれ・・・そんなに小さくちゃ武器にならんだろう。」  「そうかなあ・・・これを投げると面白いんだけど・・・」  「投げる・・投げるとどうなるんだ。」  「こんな風に・・・」  サムソンが斧を投げる。  小さな斧はクルクルと回転し、サムソンの手元に戻ってきた。  「サムソン・・それは・・・それはすごい・・・絶対に良い武器になる。」  「ほんとか・・・よし、じゃあもっと練習して・・・」  (あいつ、すごい戦士になるかも・・・)    「どうしても・・・」  「はい。」  サムソンのことを考えながら歩いているディアスの耳に、カミュとローコッドの会話が入ってくる。  「魔術を覚えるというのは、その魔術を司る古(いにしえ)の神との契約が必要になる。  たとえば、私は炎を司るイーフリートとの血の契約を結んでいる。その契約を結ぶためには何年もの修行が必要だ・・・心も体も含めてな。只、呪文を唱えれば、気を集中すればという物ではない。解るか。」  カミュが頷く。  「たとえば・・・」  ローコッドが僅かの間気を集中し、腕を振る。  するとその指先から小さな丸い炎が傍らの草むらに向け飛んだ。  「さっきも話したように、私はイーフリートとの契約のためこの程度だと簡単に出来る。 しかし、いくら修行を重ねてもこの程度しかできない者もいる。それはその者の資質により、契約の深さが違ってくるからだ。何年、いや、何十年掛かっても魔術を習得できない者さえいる。いや、その方が多い。それでも修行をすると。」  「はい。」  「解った。それではまず想像することそこから始まる。  指先に炎を想像し、熱さを感じたら腕を振る。それが出来たら修業を赦そう。」 カミュはローコッドに教わったとおりの動作を行う。  指先に炎をイメージする。  それに念を込める。  指先がピリピリと痺れる。  腕を振ってみる。  バチッと躰が後ろに飛ばされる。  青白い光が指先に見えたような気がする。 「なんと・・・」  ローコッドが絶句する。  「明日から私の元に来るがよい。」  (雷・・・天の罰と言われる・・この少年は既にラウムとの契約を結んでいるというのか・・・)  馬場ではイシューとティルトが馬を競わせていた。その中にディアスが割り込む。 ティルトが馬に鞭をいれる。その後をディアスが追う。前の二頭とイシューの馬の差が開いて行く。その差を縮めるべくイシューが馬腹を蹴る。それだけで彼の馬は飛ぶように駆けた。  イシューが厩に戻り馬を繋ぐ。その後にティルトとディアスが駆け込んでくる。  「やっぱりかなわないね“飛電”には・・・」 「飛電」と呼ばれた馬は大きく嘶(いなな)いた。それに誘われるように昼を告げる鐘が鳴った。  【神紀後十二年。戦に破れたモアドス王国の版図が縮小し、勝利したロマーヌ王国の勢力が本格的にローヌ川の北に及ぶ。】  今日もカミュは史書に没頭していた。 【神紀後十三年。ロマーヌ王国の呼びかけにより、モアドス王国はロマーヌ王国と友好条約を結ぶ。  しかし、それに異を唱えるドロミス将軍はモタリブスを去り、中原の北西部、自身の領地で、グランツ王国建国を宣言。  この頃、北のロンバルギア平原の東南部に七つの都市国家が誕生する。  また、オービタス山地の北辺に居たログロス族が中原を目指し南下を始める。】  【神紀後十四年。ロマーヌ王国、ローヌ川の北、ロマーヌロンドへ遷都。  グランツ王国はその勢力を伸ばす為、モアドス王国領内に浸食し始める。  一方中原を目指したログロス族もモアドス王国内に進入。腹背に敵を受けたモアドス王国は、ルミアス王国へ救援の使者を送る。が、ルミアス王国は人間社会への不介入を理由にこれを断る。  進退に窮したモアドス王はロアンヌ一世へ救援を縋る。ロアンヌ一世はこの頃病を発していたが、これを快諾。腹心のロンダルヌス将軍をログロス族討伐に派遣。翌年に掛け、ログロス族をサルミット山脈の北に封じ込める。】 【神紀後十五年。ロアンヌ一世はグランツ王国牽制のためストランドス将軍をグラミオス王国の南に派遣。  これにロンダルヌス将軍と共に爵位を与え、それぞれロンダルニア侯国、ストランドス侯国と成し、ロマーヌ王国の属国とする。  サルミット山脈の北では、サルジニア王国、ザクセン王国が誕生。  この年、ロアンヌ一世死去。】  この後暫くは、サルミット山脈北側の国の勃興が続く。  夕食を終え、三々五々、イシューの屋敷に集まる。  「皆、お揃いかな・・・」  最後にドリストを伴ってダルタンが姿を現す。  「昨日の講義の中でカミュが質問した神紀のことだが・・・」  この会の座長とも言えるイシューがまず口を切る。  「プリンツ神国・・・あまり信用は出来ないな。」  「なぜ・・・神を奉(たてまつ)って起きた国だぞ。」 ディアスの呟きにサムソンが噛みつく。  「まあ、まあ・・・議論の前にまず、この神紀について話しをしてもらおうか。」  「ローコッド頼む。」 そう言って、イシューがディアスとサムソンの間に割り込んだ。  「そうだなぁ・・・神・・・この神というのは全ての人々、全ての種族は平等だと説いた。その神託を受けたのがティルッピと言う賢者だと言われている。  彼が神の神託を受けたのが、今から約三百年程前だったと言われて居る。」  「当初は、ロンバルギア平原の一部の部族だけの信仰の対象だったそれが、年を経るごとにロンバルギア平原全体に拡がった。」  「神紀前三十年頃、時の神官フィムルスがランドアナ高原の北、ボスポラス山の麓にプリンツ神国を立ち上げる。  当初、この国は近隣の部族の子弟を集め、教育を施し、その中から神官を育てた。」  「だが、平等を唱えたはずの宗教家が人々の上位に立つ事によって、逆に人々の心に神離れが起きていった。  そんな中、一人の神官がボスポラス山の中腹に光が立ったと騒いだ。  それをこの時の教皇プルムスが取り上げ、ポルペウスに神が降り立ち、自分がその教示を受けた。と宣伝、教名をサンクルス教と名付け、この日から年号を神紀後とし、それ以前を神紀前とすると宣言した。  教皇プリムスが受けたとされる教示の中には、「邪悪の者現れしとき、神、再び降り立ち、自らこれを撃つ。人、我のみを神とし、我のみを崇めよ。されば救いの手あらん。」とあった。  この宣伝は古から伝わる伝承とも相まって、当時まだ混乱の中にあった大陸に効果を現した。それまでロンバルギア平原内にとどまっていた信仰が、この大陸全体を覆うようになった。」  「そして、この神を信仰していない者達、例えばエルフ族なども、便宜上この“神紀”という年号を使うようになったという訳だ。」  「光か・・・地に降り立つ光というのは儂も見たことがある。一度目はローコッドの話しの頃、北の空が光った。  その日は不思議な日じゃった。真昼の太陽が欠け、辺りが真っ暗になった。その時北の空が赤黒く光り、すぐにまた暗くなった。当時の者は誰もこれを見たはずだ。  二度目は・・・今から十四・五年前、闇夜の夜中に二筋の青い光が走り、一本はバルモドス山に、もう一本はダルビドス山に降り立った。」  ローコッドの話しの合間にドリストがそう口を挟んだ。  (十四・五年前・・・僕が生まれた頃・・・そんなことが・・・)  「やっぱり、神は存在すると言うことだよな。」  サムソンの言葉にディアスが異を呈する。  「確かに神は存在するかも知れない。しかしそれは、選ばれた者の上にだけではなく、全ての者の内に存在するはずだ。サムソン、お前の中にも、俺の中にも・・・それは信じる者全ての中に存在するはずだ。  そう考えるとプリンツ神国の喧伝のやり方はおかしい。神を崇めるなら、我を崇めよ・・・と言うのは。」  「そのプリンツ神国というのは・・・」  再びローコッドが話し始めた。  「そのプリンツ神国というのは、何の生産もせず、人々の信仰だけで成り立っていた。 ポルペウスの地に神殿を建て、大陸の人々のポルペウス詣りを奨励し、神官は教皇につながる一族からだけ出るようになっていった。  年が経つごとに人々に浄罪という寄付を強要し、遂にはもっとも信仰の厚いフランツ族に特権を与え、武力で人々を従わせるためのフランツ王国として成立させた。」  「神の力というものを背景にフランツ王国は辺りの小部族を従え、徐々に強大になっていく。  そんな中、突然・・・歴史的には唐突と言ってもよいが・・・ケムリニュス神聖国が誕生する。  ケムリニュス神聖国は邪神を崇拝し、プリンツ神国に対抗する。」  そこで再びドリストが口を挟んだ。  「信仰というのは怖いものじゃ。自身が信じるもの以外を全て“邪”として扱う。  一つの神だけを信じることにより、他を排除しようとする。プリンツにとって“正”なるものはケムリニュスにとって“悪”となる。 逆もまたしかり。  一つの価値観だけを押しつける。すると、そこに残るものは憎悪と敵対、それだけになる。  宗教に於ける原理主義とは、危ういものを含んで居る。  国を治め、政(まつりごと)を司るものは、他者の価値観をも認め、協調を図ることを旨とすべきであり、自身、自国の利ばかりを求めると、他者との無用な摩擦を深めるだけとなる。」 「そこで、戦という訳か・・・。」 そこに同席していたティルトの言葉を引き取り、またローコッドが話し始める。  「そう、戦になる。ケムリニュス神聖国の教王を名乗ったゾルディオスはランドアナ高原に点在する小部族を集め、戦のための王国ガイラを成立させる。それが神紀後百二十四年の事。」  「二つの宗教の戦いがアリアスの戦いへと結びつくのか。」  「そう単純ではないが、結果的にはそうなるかな。」  ローコッドがダイクの言葉にそう返し、話を続けた。  「ケムリニュス神聖国の後押しを受けたガイラ王国はすぐにフランツ王国へ攻め入った。ゴルディオスはこの時はまだ、ガイラ王国の武将の一人だったと言われている。  そのゴルディオスはフランツ王国との戦には加わらず、直接ポルペウスを攻めた。そこで何を見たのか、何を知ったのかは解らない。  しかし、ポルペウスを攻め落とした直後、ゴルディオスは突然、皇帝を宣し、カルドキア帝国建国を宣言した。  大した兵力も持たなかったはずのカルドキア軍が、燎原の火のごとく辺りを征服していく。  プリンツ神国を跡形もなく潰滅させ、ガイラ王国を飲み込む。元々ガイラ王国を生み出したはずのケムリニュス神国までがカルドキア帝国の属国となった。  後は知っての通り、アリアスの戦いへと続いていく。」  「邪神というのは・・・・」  カミュの問いにローコッドが答える。  「当初のケムリニュス神国が崇拝した神は、プリンツ神国が崇拝した神とは異なるだけの神。つまりお互いがお互いを邪神と呼び合ったと思われる。  ところがゴルディオスが何だかの啓示を受けた神こそは、邪神と呼ぶにふさわしい。  この世の道徳に異を唱え、秩序を破壊する。悪徳を栄えさせ、悪行を喜ぶ。  この世に災厄をまき散らし、人の命を奪う。  人々の阿鼻叫喚だけがその神を太らせる。  その神の意を受け、カルドキア帝国は暗黒の種族までを使い勢力を伸ばした。」  「暗黒の種族・・・」  「そう、彼らは人肉を喰らうとまで言われる。」  「アリアスの戦いの時、なぜ神は現れなかった。」  「混迷の時、神現れ・・・と言うのは只の伝承だけかも知れん。  それとももっと大きな混迷が訪れるのかも知れん。  それは私にも解らん。」  「神は居るのか。」  「居ると思えばいる。居ないと思えばいない。  そう言う意味ではディアスが言うように、それぞれの内に存在するのかも知れん。」  そこに集まった若者の問いに、次々とローコッドが答えていく。  「サルミット山脈を越えたアリアスの戦いについて知ってますか。」  「そのことについては、ブリアント王とマーラン殿に聞くがよい。あの二人も何時かは重い口を開くこともあるだろう。」  この言葉を最後に、夜更けまで続いたこの日の集会は終わりを告げた。
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