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「馬鹿な事言うなよ。
そもそも俺なんかと
楽しくおしゃべりをしてくれる女の子なんて、
いないの知っているだろ?
ほら、さっさと帰るんだ。じゃあな!」
そう言うとシヴァンはシャンに手を振り
逃げるように身軽く走って行ってしまった。
シヴァンの伸びた姿勢に、長い脚。
つられて笑顔になってしまうような
甘く優し気な表情。
決して自分をいやらしい目で見ない、
真っ直ぐで素直な忠犬の瞳。
シャンはその全てが好きだった。
兄のように慕っていた彼をいつの頃からか、
一人の男性として見ていた。
シャンは届かなかった白い手を赤い唇へと持って行き、
そっと返事を呟いた。
「それは知っているわ。
だって、
そうなるように私が目を光らせているんだもの」
この町に住む若い娘は皆知っていた。
町医者の娘が
どの娘よりも上等なドレスの中に、氷よりも冷たい独占欲を持っている事を。とろける砂糖菓子の笑顔の下に、よく切れるナイフの花束を隠している事を。
気さくな青年配達員に好意を寄せようものならば、
輝く金髪を悪夢に見るだろう事を……。
愛らしく気立ての良い町医者の娘は、
金と権力と惜しまぬ努力で、町娘たちの小さな女王として君臨していた。
「なのに……」
女王は赤い唇に当てた指を噛み、桜貝の爪に歯を立てる。
「なんで魔女のババァなんかと、楽しくおしゃべりしちゃうのかなぁ」
町娘の女王は、
丘の上の魔女を射殺さんばかりに、水色の瞳を北へと向けた。
小さな胸の中で、獰猛なカナリアが
血を吐かんばかりに嫉妬を訴え出した。
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