狩りをするカナリア

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狩りをするカナリア

町唯一の診療所、 町医者が一人娘と住む自宅でもある。 感じのいい低い塀の上に、真赤に塗られたポストがあった。 シヴァンはそこへと手紙の束を入れようとし、 するりと現れた小柄な影に笑いかけた。 「やぁ、シャン」 「こんにちはシヴァン。  あなたの足音が聞こえたの」 「俺じゃないかもしれないだろ?」 「シヴァンだよ。  シヴァンはいつも走っているから、  すぐわかるよ」 くすくすと笑い、シャンが悪戯っぽくシヴァンを見上げる。 彼女は金髪を太陽に輝かせながら、 白い睡蓮のように、両の手をシヴァンへと向け開いた。 シヴァンは慣れた事と、その両手に手紙の束を置く。 しかし手紙を置いた時に、素早くシャンの手が彼の指をきゅっと捕えた、 小さな悪戯にシヴァンは慌てて手を引き戻す。 「なんだよ。……どうぞ、今日も沢山あるな、  じゃあまた」 手紙を渡すと、シヴァンはへらりと笑って歩き出した。 しかしその隣へとシャンがやって来て 小さな肩を並べようとする。 シヴァンはそっと歩調を緩め、 小さな歩幅へと合わせてやった。 シャンは形の良い顎をあげ、眩しそうにシヴァンを見上げる。 「ほとんどお父様へのお手紙よ、 私のなんて、2、3通」 それは知っている、仕分けをしたのはシヴァンなのだから。 シャンへは決まって女友達、 それにシャンヘと恋心を寄せる男達からの手紙が 毎日途切れずに届いていた。 「手紙を貰えるのは素晴らしい事だよ。 俺も届けがいがある」 「ふふふ、私の手紙は挿絵(さしえ)付きなの。  だからみんな楽しみに待ってくれるの!」 シャンは色々な話をしたがる。 シヴァンは笑顔のシャンを見て頷いた。 「シャンの絵は可愛いよね、  何時だったか局の台帳に落書きしていたろ?」 (あ、今のシヴァンの顔、いい。  ……シヴァンの口から『可愛い』って出ると、  なんだか新鮮でいいなぁ。  ルイはしょっちゅう言ってるけど) そんな事を思いつつも、シャンは直ぐ記憶を引き出していた。 局でのこと シヴァンが配達から戻る間、 暇つぶしに犬と小鳥の絵を描いた。自分とシヴァンを似せて。 「あれ見た時、シャンて意外に絵が上手いんだなーって思った」 意外は余計か、ゴメン。と怒られる前に悪戯っぽく笑うシヴァン。 子犬によく似た素直な目。 その笑顔がシャンの心を波立たせる。 「私ね、お裁縫も得意よ!  お花を飾るのも得意!  あと詩の暗唱なんかは  もう女優さんみたいだって言われるよ!  あとは、後は……お料理!  きっと町で一番上手だと思うの!」 シャンがきらきらと自信に輝き、そう宣言する。 愛らしいシャンが水色の瞳でそう言うと、 どの男もその無邪気さに胸をいっぱいにする。 そうか、そうかと甘やかすのも、 本当に?とイジワルするのも相手の男次第。 好きな私を選んで、黄色いカナリアが歌っている。 しかしシヴァンは足を止め、向う先を仰ぎ見た。 「料理か……」 何かを思い出して少し細められた目、 心持上がった唇。 何より恋うような熱い視線。 シヴァンが見つめた先にシャンはいない。
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