手紙

1/3
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ

手紙

「おー、変わらずいい眺めだなぁ」 丘の上で一息を付き、シヴァンは町を眺めた。 胸が広がるような景色。 この町は小さな町だ、山に囲まれ海からも遠い、 しかしシヴァンが愛する町だ。小さな通りに人がまばらに見える。 「ドンナは、いつもこの景色を見ているんだなぁ」 その景色をたどり、登って来た道を眺める。 道は両側から草が伸び、本来の道幅よりも狭くなっているようだ。 ドンナが町へと降りるならば不便だろう。 「近いうちに草刈りでもすっかな」 シヴァンは体を戻し小屋の扉を叩くべく、ポストの脇を通り過ぎた。 その時、ふと気づき もう一度ポストを見た。 ポーチよりも少しだけ離れているこのポストの傍に、草が生えていない。 そこには、毎日踏み締められた滑らかな地面が存在しており、 青いポストの取っ手は艶々としていた。 ぎゅっと胸が苦しくなる。 それはあまりにも、自分が作り出した風景に似ていたのだ。 シヴァンの棲家 小さな小屋の、空っぽのポスト。 シヴァンに手紙を送る親類はいない。 町の外にも、自分の生活を気にかけ手紙を送るような者はいなかったのだ。 郵便局へと勤める毎日は楽しい、 町の人達も皆親切だ。 それでも、手紙を人々へと届ける自分が、 一度も手紙を受けとった事がないのは確かなのだ。 「それでもやっぱ……今日、もしかしたらって見ちゃうんだよね」 シヴァンはそう呟き 日に暖められて眠る猫に似た青いポストへと、 労う為にひと撫でし、差し込み口へと持ってきた手紙を入れた。 カタン 「ってあーーー!これじゃあ手渡しできない、  っ俺の馬鹿っ」 慌てて手紙を取り出そうとしたが、変に気が咎める。 小さな事なのだが、 差し込み口と、受け取り口が分かれているタイプのポスト。 そのポストから手紙を取り出すのが嫌なのだ。 手紙を配達するのでなく、まるで人のポストを勝手に開け、手紙を抜き取っているような変な気持ちになる。 それに、 ここまで出番が無かった、この青いポストの初仕事を邪魔したくもない。 あぁでも、ドンナへと手渡しで謝罪と共に渡すつもりで来たというのに…… 頭を垂れるシヴァン。
/95ページ

最初のコメントを投稿しよう!