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サンタクロース・アタック
「サンタさんには何をお願いしたの?」
ベッドの上で微睡む娘のエステルに子守唄を囁きながら、母であるフェリシアは来月に控えたクリスマスにどんなプレゼントが欲しいのかと質問した。
「うんとね、うんとね」
もはや半分は寝ているだろう頭で悩み、思い付く限りの中から最大級の願い事を探るエステル。眠たいのか、悩ましいのか、複雑でありながら変に弛緩した表情が暫く続くかと思われた矢先、ふと明るんだ娘の口からひとつの願い事が飛び出した。
「妹か弟、お兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しい!」
飛び起きるのではないかと心配になるほどの勢いで言ったエステルは、爛々と輝かせた瞳を真っ直ぐに向けると、些か難しい願い事を口にした。
「き、兄弟が、ほ、欲しいのかな?」
「うん!」
眠気など吹っ飛んだらしいエステルに、フェリシアは戸惑いを見せつつも正直に告白した。
「え……っとね。多分だけど、お兄ちゃんかお姉ちゃんは難しいかな」
物理的な意味では不可能でも、現実的な解決策として養子を迎え入れる方法が思い付いたものの、二つ返事で答えられるものではなかったフェリシアは、返答を曖昧に誤魔化すと、引き攣った苦笑を浮かべた。期待させてしまうのも可哀想だと考えたフェリシアは、娘を納得させるだけの言い訳と、それに代わる妥協案……否、折衷案を模索し始めた。
「何で?! サンタさんは良い子のところに来てくれるんじゃないの?」
確かにサンタクロースはそうだろう。が、子供を授かれるかどうかは巡り合わせである。夫のローランドと夜毎に頑張るにしても、今はエステルとベッドを共にしているから難しい所でもあった。
「そうね。でも、サンタさんはプレゼントをくれるだけなの」
口先からの出任せにならないよう気を付けながらフェリシアは言った。
「うん」
素直な返事に期待しつつ、フェリシアは無理なものは無理だと言う事を柔らかい言葉で伝えようとする。
「エステルにとってプレゼントってどんなもの?」
「プレゼント……う~~ん」
うなり声を上げたエステルの頭の中では今までプレゼントと称されて贈られた物が思い出されていた。オモチャ、洋服、ケーキをはじめ、買い物ついでに買って貰ったスナック菓子など、些細なものまで思い浮かんでは消えていく。結局、最後に残ったイメージは、欲しいと言って買って貰った新しい服の事だった。
「プレゼントって、買える物ばっかりで……何て言えばいいのかな」
うわ言のように呟いたフェリシアは、返答に窮するその困惑を表情に出さないようにと、ぎこちない笑顔で間を取り繕った。
「えっとね、エリーはどうやったら子供が出来ると思う?」
適当な答えが見付からないまま、嘘ではない方便で誤魔化そうとする気持ちばかりが先行していた所為か、フェリシア自身も予想外の言葉が口を衝く。各国の風習では様々な表現もある。学校ではどのように教わっただろうか。今の教育の内容を知らないフェリシアが他方でそんなことを考えていると、ふと思い出した。
「そういえばサンタさんが来ても、ちゃんと案内できるように軍人さんが見てるって知ってた?」
「パパの基地でしょ?」
今は伝統となったノーラッド・トラックス・サンタは、実は間違って新聞に基地の電話番号が載ってしまったことに由来する。
「そうね。パパがサンタさんを探してくれると良いんだけど」
窓にふと視線をやると、偶然にも彗星か、火球のような光が横切る瞬間を目の当たりにした。
「見て! ママッ! 流れ星だよ!!」
流星群が降るとは予報にも聞かなかったが、クリスマスのイブには、前夜祭にはうってつけの偶然だった。無数の光が夜空に光の帯を残す様は感動さえ覚えてしまう。ひとつ、ふたつと向こうへと、火球が飛び去って行く様を、イブにも関わらず働いている夫のローランドも見ているのだろうか。案外、ノーラッド・トラックス・サンタのレーダーばかりを見、本当の夜空を見ていないのかも知れない。同じ空の下にもあっても少しだけ遠いな、とも思うフェリシアは、枕元にあったスマートフォンを手に取ると、娘のエステルとのツーショットを送ってあげようと閃いた。
「まだ光の跡が見えるから写真でも撮ろうか?」
「うん!」と返事したエステルと抱き寄せると、フェリシアは窓越しの夜空を写写そうとした。光の帯がスマートフォンの画面にもよく映えている。さすが最新のカメラだ。まるで炎を燃やしたかのように、夜空の雲が煙のように伸びている。
「さ、笑って!」
フェリシアはそう言うと、スマートフォンをタップすると、撮影した画像を夫のローランドのアドレスへと送信した。
「あら、パパからだわ?」
「パパから!?」
受け取った写真にさっそくの返信だろうか。クリスマスイブを一緒に過ごせないなんて、国もひどいことをする。確かに国防は大事だ。だが、家庭の平穏無事があってこその国でもある。兵士や何だと大層な名札をぶら下げる以前に、父親としての義務…いやサービスをしてもらいたいものだ。
「や、やぁまだ起きてたのかい?」
「もう寝ようと思ってたところ。貴方はまだ仕事中でしょ? サンタクロースはいまどこにいるのかしらね?」
クスリと微笑んだフェリシアにローランドが囁いた。
「大丈夫だから。クリスマスに奇跡が起こるなんてよくあることさ」
「は? 何を急に??」
キザなセリフも独身時代はよく聞いたものの、今日の言葉には緊張感が滲み出ている。どうしたの?と理由を聞く前にその警報が鳴り響いた。
【現在、排他的経済水域より中距離弾頭ミサイルが仮想敵国の潜水艦から発射されました。現在、イージス、パトリオットにより撃墜が成功しているものの、未撃墜のミサイルが〇〇州へと向けて飛来しています。撃墜されたミサイルの破片が各地に落ちる可能性があります。住民の皆様は地下のシェルターへ避難するか、家を出ないようにしてください。繰り返します。現在、排他的経済水域より中距離弾頭ミサイルが仮想敵国の潜水艦から発射されました。現在、イージス、パトリオットにより撃墜が成功しているものの、未撃墜のミサイルが〇〇州へと向けて飛来しています。撃墜されたミサイルの破片が各地に落ちる可能性があります。住民の皆様は地下のシェルターへ避難するか、家を出ないようにしてください。繰り返します】
「ちょっと……うそ、でしょ?」
そう呟きながら窓の外へと視線を向けたフェリシアが見たのは、空を輝かせる無数の流星群と見紛うほどのミサイルの破片だった。
「ねぇママッ! 綺麗な流れ星がいっぱいだよ!!」
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