星降る夜の戯れ~Dance of loneliness and the star

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
夜。 暗闇に潮騒が解けていく。 古い灯台は、その役目を終えたのだろう。 吾輩一人が立つ砂浜に灯りはない。 海を前に、吾輩は一人たたずむ。 空を見上げると、満天の星。 吾輩はゆっくりと着ていたトレンチコートを脱いでいく。 昼間、あんなにいた海水浴客の喧騒はもうない。 今あるのは、吾輩の生むわずかな衣擦れと、波の音、そして、遠くの民家から聞こえるTVの笑い。 男が一人で夜の海。 人はこんな吾輩を笑うだろうか。 今日は新月だ。 星と月の違いは、自ら光るか、照らされて光るか。 そして、吾輩は、前者。 一糸まとわぬ姿となった吾輩は、砂浜を駆ける。 波打ち際を、ぽよん、ぷよよん。と吾輩は駆けていく。 命を燃やし輝く吾輩は、親友のために走るメロスのようだ。 微かな加齢臭が、汗とまじりあい、ダンディズムとなって辺りに漂う。 飛び散った汗は、油と混じり、吾輩の魂の炎に焼かれ地上の星へと生まれ変わる。 だが、吾輩は、それだけではない。 波が打ち寄せる。右足のつま先をあげて避ける。 アン(1) 引く波に合わせて、左足のつま先を海へと向ける。 デゥ(2) 再度寄せる波を避けるように、吾輩は空を舞う。 トロワ!(3) 妖精のごとき軽やかなステップであった。 吾輩は腹肉はぶるんぶるんと、うなりを上げ、吾輩は悠久の螺旋を駆け上がる。 重力を失ったかのようなその様は、さながら、月へと帰るかぐや姫のようでもあった。 だが、今日は新月。月はない。 もしかすると、サン=テグジュペリは吾輩の姿を見て、星の王子様を描いたのかもしれない。 宙を舞う吾輩は、さながら自ら燃える星のようであり、この世の闇を照ら救世の光そのものだった。 いつまでも、宙へと捕らわれ、飛んでいきそうな感覚が吾輩を襲う。 けれど、地球は吾輩を逃しはしない。 当たり前だ。吾輩を逃したいと思う生命などいるはずもない。 海が、山が、大地が、人が、地球上のすべてが吾輩を逃すまいと、重力という形で吾輩の体に蓄えられた脂肪を掴み、宙から吾輩を引き離す。 ぱしゃり。 海に足がつく。 吾輩は回転を止めることのないまま、月よりも美しい、白く、丸い、自らの腹を叩く。 ぺちぺちぽんぽんと、音がなる。 その音色は、夏の風鈴の涼やかさよりも涼やかで、祭囃子よりも情熱的だった。 ぺちぺちぽんぽん。 ぐるぐると回る視界。 吾輩が回ると、世界も回る。 吾輩を中心に、世界が回る。 海が、山が、大地が、空が、星が、吾輩を中心に回る。 最初吾輩の回転に数泊遅れていて回っていた、腹の脂肪もいつしか吾輩と共に回っている。 そう、全てが吾輩と共にある。 吾輩は自ら燃える星であり、周りから照らされる月でもあった。 だから、彼らにこたえるためにも吾輩は。 もう何度もやってきたことだった。 もう何度も潜り抜けた死線。 それをまた今日、超える。 誰のためか。 それを問うことに何の意味があるだろうか。 「ぷひゅ」と吾輩を鼓舞するように放屁がなり、少しだけ身が出た。 吾輩は、一心にビール腹を、いや、第二の月(Daini no tsukI)を叩き続け、回転は止まらない。 止めないままに、吾輩は右手をゆっくりと上げ、心臓の方向へ、、そして、乳首からまろびでた一本の乳首の毛をつまみ上げる。 「ん゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ !」 ゆっくりと世界が回転を止め、吾輩も回転を止める。 そのまま、海へとあおむけに倒れる。 脂肪は、水に浮く。 おっぱいも水に浮く。 その理論を実証するかのように、吾輩も海に浮いていた。 「流星群……」 そういえば、ニュースでそんなことを言っていた。 大気圏で燃え尽きる星の姿を見ていると、吾輩は無性に泣きたくなった。 一人で燃え、一人で燃え尽きる。 そんな星の運命に、わが身を重ねる。 孤高と孤独の違いとは何だろう。 乳首の毛がを掲げる。 降り注ぐ星々への手向け。 乳首の毛は吾輩の乳首から抜けていた。 一本の乳首の毛。 縮れている乳首の毛。 それは勇気の証であり、愛の証明。 そっと手を離すと乳首の毛は夜の闇へ、星々の舞い落ちる空へと消えていく。 いっそ吾輩も消えてしまえたら。 乳首の毛が星の海に消えたように、吾輩も海に消えてしまおうか。 次々に燃え尽きていく星を見ながら、吾輩はそんなことを考える。 遠くから聞こえるTVの音に、家族のだんらんが混じる。 ああ、吾輩だけが、一人。 深い海草の森をかき分け、一匹のウミガメが顔をあげた。 まるで、吾輩を慰めるように。 自分がいるというように、むくむくと顔をあげた。 吾輩は微笑み、その亀の頭を撫でてやる。 ふと、その亀の頭に何かが絡みついているのが見えた。 不思議に思って、手に取る。 「これは、てぃくびの毛」 吾輩の物だろうか。 いや、かいでみるとそれは、ファンキーな香りがした。 そして、気付く。 吾輩の周りに、乳首の毛が満ちている。 空から舞い落ちる星よりも多く、勇気で光り輝く乳首の毛が辺りを待っていた。 ひとつ、二つではない。 暗くて姿は見えない。 けれど、一人ではない。 一本一本の宙に舞う乳首の毛が、吾輩にそのことを教えてくれている。 「吾輩は、一人ではなかった」 ウミガメが滂沱した。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!