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「なんかの本だったかドラマだったか、大人が言い聞かせてきたのか……忘れたけど」
言われてみれば、僕も同じだ。『人は死んだらお空に行って、生きている人を見守っている……』などという思想は、どこからともなく僕らの世界に入ってきて、いつの間にか、なんとなくの共通理解が形成されていたような気がする。
「俺、子供だったからさ」
「うん」
「せめて、亡くなった人が、綺麗な星になってくれたらって、その考え方にすがることにしたんだ……」
「うん……」
「毎日毎日、星空に向かって、謝ってさ……」
「………」
「……だから、星が『流れる』とか『落ちる』とかっていうの、ダメなんだと思う」
小さな少年は、夜空の星々に、その身には大きすぎる祈りを託していた。
合点がいくと同時に、僕は口をつぐまなければならないと思った。
家族が人を殺めた経験は、僕にはない。今後もないといいと思う。
だからこそ軽々しく、「お前が償う罪じゃない」なんて、感じたとしても言うわけにはいかなかった。
傍目から見れば些細であり愚かしくも見えるであろうこいつの祈りは、繊細で、傷つきやすくて、なんだかとても、綺麗で――
「まあ、自分ルールでしかないんだけどさ。……あのときはゴメン、いきなり変な空気出して」
「それは……全然、気にしてないよ」
「お前、何も聞いてこないから逆に焦った」
「それはこちらこそゴメン」
そこで初めて許されたような気がして、僕は目を上げ、視線を自由にした。
彫刻の表面みたいに硬そうな、張り詰めた顔で、微笑もうとしている人がいた。
「あのさ、本当に、大丈夫?」
「え?」
「こんな話さ……今はよくても、後々1人になったときとか、考えて……」
こいつがこんなにしどろもどろで不安げなのは、後にも先にもこれきりかもしれないからよく見ておかなくては。
そんな冗談が浮かんで、すぐに消えていった。僕にも余裕がなかった。
友達をやめる理由にはならない。そう宣言した気持ちに嘘はないはずなのに、僕は緊張しっぱなしだった。
でも、よくよく考えればそんなのは当たり前だとも思う。
まだ7歳のときから、ずっと背負ってきた人生の話をされた。話す方も聴く方も、表情がこわばらずにいられたらすごい。
でも僕は、なるべく、いつもどおりこいつと話がしたかった。
告白は衝撃的だったけれど、受け止めようともせずに放り出すのは嫌だし、でも、全てを受け止めて『分かった』ような気にもなりたくない。
だから、いつもどおりでいたかった。
そしてできれば、お前の隣にはいつもどおりの僕がいるのだと、伝わればなお良いとも思った。
だから、あんな悲しそうに空を見上げなくてもいい、って……それは、蛇足か。
「さっきも言ったけど……僕は大丈夫、だし、」
「うん」
「今更、どこに行けって言うの」
10年以上、一緒に過ごしてきた。
それでも、「余計だったかな?」と、今の僕はいちいち自分の1秒前の言動を振り返ってしまう。
きっと、こいつも同じだ。
僕の言葉に、少し力を抜いて、笑ってくれた。
「……ところで、突然話す気になったきっかけはなんなの? 流れ星の件でボロ出したから?」
「いや、それもあるけど………二十歳ってさ、節目じゃん」
「あ」
「なんとなく、言うなら今かなって思ってた」
「そうか、」
こいつは、11月生まれだったっけ。
「いよいよ来週に迫ってますから。よろしく」
「うげえ」
成人を迎える誕生日だ。親友の責務として盛大に祝わなければならない。
これから数日は、なけなしのバイト代をいかにやりくりするかで頭を悩ませることになりそうだ。
ちなみに流れ星というのは厳密には星ではなくて屑が流れているものなのだと、告げるチャンスを僕は逃しまくっている。
まあ、いっか。
そのうち天体観測にでも誘って、教えてやろう。
***
星の降る夜が怖いなら、僕と一緒に帰り道を歩こう。
祈りはずっと夜空に在ると、君の隣で語り続けよう。
〈了〉
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