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第一章 カノーチ 変人(天才)科学者の妹と天才魔法使いの妹 〜大切な日の事故〜
【前書き】
共に両親をなくした兄妹が幸せに暮らす片田舎の町、三郷とミザート。
妹の大切な日にひょんな事から事故にあってしまう。さて、二人の運命やいかに?
【アイリサイド】
女子高生の三郷 愛莉は『勉強を見てもらう』という口実でその実、科学者である兄の仕事場に遊びに来ている。ここには一応『三郷研究所 ライトニング』という名前があり、一般的には殆ど知られてはいないが、いくつかの主要産業ではスピンオフが多用されとても有名なところだ。愛莉は受験生なのでその言い分も半分位は本当だろう。
両親を交通事故で亡くして以来、碩学鴻儒とうたわれる優秀な兄のおかげで何不自由なく、いやかなり裕福に妹の英玲奈と三人で研究所とは別の家で暮らしているが、英玲奈も学校が終われば道草を食わない限りいつも真っ直ぐにここに来る。
片田舎なので敷地が広く庭には家庭菜園に毛の生えたような規模ではあるが田畑だけではなく家畜も飼っており、兄の雷都はここにいる間は殆ど自給自足と言えるような生活をしている。また、ここで『三郷塾』という塾も営んでいるが毎日の事ではなく、こちらはあまり負担にはなっていないようだ。
愛莉は猫の『ミック』をお腹に乗せソファーに寝転がりながら漫画を読むのも飽きたので怖いもの見たさで言ってみた。
「雷兄、ハラへったよー」
「何が食べたい?」
兄にいつものように聞かれると
「んーとスパゲティミートソースっ」
危険と知りつつ冷や汗を流しながら答えた。
ビクビク。
カタカタカタパシッ。雷都がキーボードを打つ音が止まった。
「じゃあ頑張ろうか」
雷都は仕事を一段落して振り向いた。
「うっわー、ですよねー。ってやっぱりまたかー」
そう愛莉は口では言ったが最近心の中では面白いと思っている。
兄雷都は『料理は別に詳しくない』と言うが何をお願いしてもまず断られた事はなく手順やポイントを詳細に教えてくれる。
しかし問題は料理を教えてくれる事ではなく、この作業が素材の準備調達からなのだ。数多くの調味料も塩や砂糖を始め、トマトケチャップやソースなど全て手作りで、以前作ったソース類もこの怪しそうな自作冷蔵庫らしきものの中に保存してある。
作ったソースは少し保存されたものの方が美味しくなることは経験から愛莉にも判っていた。遠くからこれを目当てに来る人もいると言う『お酒関連』はどうやら違法らしい。
以前『スムージーが飲みたい』と言って、手動のブレンダーを作らされた時は本当に大変だった。
でも包丁や冷蔵庫を作るよりは楽でしたけどね。ブレンダーって遠心力のバランサーが付いたこう弓のような紐がついたのを上下するやつね。火がおこせそうなのよねこれ。きっと兄に教わったのはたとえ原始時代でも作れると思う。
ブレンダーって本当はフランス人が1960年に発明した事は知らなくても出来そうな気もするけど発明者のピェールさんがどんなに忙しく、どんなに速く調理をしたかったのかを想像するとちょっと面白い。本当に必要は発明の母なのね。
勿論ミートソースもスパゲティも全部作らなければ食事にありつけない事は折り込み済みだが、今回は料理だけで食べられそうなので少し安心した。
愛莉の自分の分としては小麦粉100gに卵一つ、オイルを少しと塩を一振り、後は頑張ってこねるだけ。『この頑張りが大切なんだよね』生地を寝かせている間にミートソースの挽き肉を包丁で叩いて作り、庭の畑からとってきた玉ねぎ、人参、トマトを自分のブレンダーで細かくする。兄のブレンダーの方が出来が良くて使わせて貰いたいが自分が作ったものを使うのがこの家のルールだ。
今度は自分でももっと性能の良いものを作りたいと思う。
今使っているこの包丁も愛莉が作ったものだ。『もうJKの鍛冶屋かよっ!』って愛莉が鍛冶屋ならば兄雷都は料理研究家である。
ニンニクを包丁の脇で潰して挽き肉と炒め、野菜とケチャップ、ソースを入れ塩コショウで味を整えればミートソースの出来上がり。トマトがユル過ぎたら小麦粉で整えよう。
寝かせた生地を麺棒で薄く伸ばし、想像してたよりもずっと細く切る。
「細っそー」
「売ってるパスタって茹でる前はとっても細いでしょ?」
となるほどなアドバイスを聞きつつも私はとても細く切るのは難しくて結構適当に切れてしまった。『ほぐした麺を2分程茹でてようやく出来上がりー』ヤッターいい匂い。
「いただきまーす」
我ながらとても美味しい。
愛莉と同じように『スパゲティミートソースが食べたい』と言う女子高生は日本全国に星の数程沢山いるだろうが『ここまで手作りさせられる人は余りいないんじゃないの?』と兄にクレームを言うと
雷都は
「ん?なんで? 作らないと食べられないでしょ?」
と笑う。
◇◇◇◇◇
さて片付けて勉強に戻ろう。
(あれ? さっきまで漫画では?)
あまりに便利な現代社会に暮らしていると、生きることの大変さや大切さを見失いがちになることがあるが、現代の消費社会では基本的なことを実践し過ごしているのは奇人、変人の部類に属する方だろう。
つまり兄はその類いなのだ。
しかしその兄のおかげで色々な事に興味を持ち、勉強もとても楽しくなっていた。
子供の頃『何か遠くの話』もしくは『別世界の話』と思えた様々な勉強の対象、例えば化学式や歴史の事件の年号なども兄が身近な事に例えたり、発見した時の話やその背景、人々のそうであったろう想いなどを交えて物語の様に科学史や歴史を沢山語ってくれたおかげだ。勉強が嫌いだった小さな子供の頃を思えば兄に感謝するしかない。
(まだ子供だろうって? いーえ大人ですから)
愛莉にとって歴史上の偉人達はまるで近所のおじさんやおばちゃんの様に身近に感じられ、みんながお友達だった。
巨人達の肩に乗るのではなく、まず学生の本分として巨人達とお友達になる事が必要だと考え実際にそれが上手く出来ているようだ。
科学史は人々の叡智の軌跡に他ならない。現代の知識全てが必要に対する工夫と汗と努力の賜物だ。何も苦労せずに出来る事など世の理として存在しない。生活に伴う文化も全てがそうだろう。愛莉には努力して失敗した事例ですら人の営みとして愛おしく思えるようになっていた。
人の歴史の記録は戦争の話ばかりだが、本来そこに生きている数限りないそれ以外の物語がある。
そして『この物語「俺の妹がエルフになっていた件」』も単にそれ以外の一つなだけなのかもしれない。
◇◇◇◇◇
愛莉は兄の影響もあって理工系に進む事を選んだ。
◇◇◇◇◇
試験の当日、冬物のブレザーにダークグレーのダッフルコート、手袋にマフラーと完全装備である。勿論持ち物に忘れ物がない事も何度か確認済みだ。
自分で作った手編みのマフラーと手袋だが
『いつか恋人でも出来たら作ってあげることもあるのかな?』
と上手く想像出来ないような事を考えていた。
親友の樹里は名前を『箕輪 樹里』といい、今に伝わる古流剣術の道場を営む名家箕輪家の長女でこの歳で師範代を務める凄腕の剣士なのだが、本人はそれを言われるのをとても嫌う。
その樹里と一緒にまだ先日降った雪が残る道を試験会場に向かっていた。
縁起を担いで滑らないように注意してね。
「結構寒いねー」
吐く息が白く風が二人の髪を揺らす。この地方独特の乾いた風だ。
「ヤバッ」
革靴が雪で時折滑るのだが『意地でも転ばないから』と樹里が踏ん張る。
愛莉がガードレールに積もった雪を手袋をした手で『パァーッ』とはらい舞い上げると、陽光にキラキラとプリズムのように雪が煌いた。
◇◇◇◇◇
「ねぇ、何あれ?」
と樹里が横断歩道の真ん中辺りを指差す。2m程何か白く光っている。
雪の反射かなと思ったがその直ぐ傍に妹の英玲奈が目に入った。
「お姉ーちゃん」
お弁当を抱えてこちらに手を振っている。
『しまったお弁当を忘れていたかー』
と思った次の瞬間、そこにトラックが止まれないであろうスピードで英玲奈に突っ込んで来るのを見てすぐに愛莉の身体が動いていた。英玲奈は立ち竦んでいる。
トラックはブレーキを踏んでいるが雪で滑り上手く止まれないのだろう。
ズズー!
「愛莉ー!」
樹里の叫ぶ声が聞こえた。
私は妹の英玲奈をドンと押して庇い自らトラックの衝撃を受けて空中で回転しながら、
『これなら英玲奈はトラックに直接当たらず大丈夫そう』と思ったが『あぁ私試験に間に合わないかなぁ』
と考えながら白い光に呑まれて意識を失った。
【アイリーンサイド】
兄のライトハルトはこの地ミザート領最高の魔法使いであり、この国アルヘイムでも五指に入る有数の魔法使いだ。両親共に先の戦争で亡くした後、兄はミザート領の領主となりそして魔法の先生でもある。魔法の教え方も上手く一番弟子である妹のアイリーンにもわかりやすく教えている。アイリーンは兄のおかげで既に自然に溶け込むすべは身に付け、今この森中を『霧』で覆っているのはアイリーンの魔法の力だ。
「じゃ今日はここまでにしようか?」
兄に言われて土精霊魔法『ノーム』を解除すると辺りは視界が開けて晴れ渡り、透明感のある清々しい美しさを取り戻した。
「随分と上手くなったね」
「これもライトお兄さまのおかげです」
と素直に言うと
「いやアイリーンの素質がすごいからだよ」
と優しく褒めてくれる。
流石に手放しで褒められ少し赤面する。実際に兄はもっと凄い魔法を自在に操るが、アイリーンはまだ上手く操れない事も多い。『エルフの成人の儀』が終わればこれらの細かな制御はより上手くなるのだと言われている為アイリーンは『エルフの成人の儀』が待ち遠しくてたまらなかった。
兄ライトハルトの教えは簡単ではない。普通の魔法学校では『魔法スクロール』に書かれているイメージと言霊を使えば、個人差はあるものの大抵のエルフはその能力を使って『魔法が使える』かもしくは『魔法は失敗する』のが普通だ。
しかしライトハルトは例えば今回の魔法『霧を発生させる魔法』であっても『何故霧が発生するのか?』『発生条件は?』『どんなパターンがあるのか?』を弟子達本人に考えさせ、正しく導き教え、そして実際にそういった環境に連れていく。同じ『霧』と言う自然現象一つにしても、移流霧、放射霧、蒸発霧、寒冷霧、滑昇霧など様々にあり条件やその仕組みが異なり、何をどうイメージしてどんな言霊で表せば良いかが異なるのだ。
ライトハルトは
「自然摂理に反した事をやろうとして出来ないのは当然でしょ?」
と笑う。
当初、気の短い生徒達は離れて行ったが、今ではライトハルトに師事した弟子に出来なければ誰にも出来ないと言われるまでに信頼されている。
今現在、魔法使いの最前線で新しい魔法を生み出し活躍し続けているのはライトハルトの弟子達が最も多い。勿論ライトハルト本人も第一人者としての名声があり、そんな兄をアイリーンは誇らしく思っていた。
◇◇◇◇◇
屋敷に戻ろうとする二人の前に1匹の大きな猪の様な獣が現れ突っ込んで来た。大人の背丈程もあるだろうか?『ギボアーガ』と呼ばれるソードボア種の魔獣だ。
アイリーンが驚き竦んでいるとライトはアイリーンを自らの後ろに隠し半眼で魔法の言霊を唱え自ら獣に乗り移った。精神奪取にあたる『デプリバ』という魔法だ。魔獣は二人の脇を通り抜け盛大に大木に突っ込んで倒れ動かなくなった。
「ふー間に合った」
「ライトお兄さま大丈夫ですか?」
この場合の『間に合った』とは意識を自分に戻す事をギリギリまで遅らせ大木に当たる直前に意識を戻す為だがこのタイミングが非常に難しい。早すぎてはこの魔獣を自滅させることは出来ないし、遅くても自分が気を失うか死を経験しなければならない。
他の生物に乗り移った際の死の経験はニアデス体験よりも過酷で非常に危険なものだ。並大抵の精神では乗り越えられないが、ライトはこれまでも二度程この過酷な経験がある。
子供の頃に近所の子供達と山羊を狩りに行き、魔法で乗り移る際に『ボクが連れてくるからボクの意識を戻すまで待ってね』と言ったにも関わらず、子供達は初めての野生の獲物に興奮しそのまま殺してしまったのだ。子供達は親からこっぴどく叱られ、ライトハルトが死の感覚から立ち直るのに半年程かかった。しかし大人でも10年程かかるのが普通だ。
「なんとかね。死なないで済んだよ」
と苦笑いする。
「ライトお兄さま、悪い冗談はよしてください」
アイリーンもそれがとても酷い事だと理解していたので想像して青くなっていた。
「こういった場合には、他にも例えば転移魔法『トラン』で魔獣を別の安全な場所に移動する対処も出来たりするから状況を良く見て判断するんだ」
「相手が動かない練習でなら私にもできるかもしれませんが実際にこういった咄嗟の対処は難しそうですね。慌てたらどんな事になるのか判らなくなってしまいます。まだまだ色々と勉強することは多そうです」
と自らの未熟さを自覚し少し落胆した。
ライトハルトは剣を抜き振り上げると倒れているギボアーガにトドメを刺した。
ドシュ!
とても正確な刺突だった。
「今晩は肉だな、ケント達を連れてきて運ばせよう」
と言い剣を鞘に収めた。
「私ももっと魔法が上手く使える様になるのでしょうか?」
「うん大丈夫だよ。でもアイリーンには人を傷つけたりこんな危険な酷い類いの魔法は使わないで欲しいなぁ」
と『死を経験するかもしれない魔法』を思い少し笑う。
「まぁライトお兄さまは優しい先生ですね。助けていただいてありがとうございます」
アイリーンはいつも通り強く優しい魔法使いの兄に感謝した。
◇◇◇◇◇
成人の儀の当日、エルフの正装の儀着と呼ばれる衣装を身につけ、寒さよけのマント、儀式用の籠手と魔石のペンダントを身につけている。完全装備である。勿論儀式に必要な持ち物に忘れ物がない事も何度か確認済みだ。
兄に用意してもらった魔石のペンダントだが普通儀式では親から貰い、婚姻者の場合普通は伴侶から貰うものだ。
『いつか恋人でも出来たら私もその人から貰うこともあるのかしら?』
と上手く想像出来ない事を考えていた。
親友のジュリーは名前を『ジュリア・ブレイブ・ミーヌーワ』といい、勇者パラディンの血を引くミーヌーワ家の血を引く家の長女だが本人はそのことを言われるのをとても嫌い、代々名乗ることを国王から許された『ミドルネームのブレイブを呼ばないで欲しい』と言うが実際彼女はとても強い。
その親友のジュリーとエルフの儀式が行われる祭事場へと向かっている。
儀式にはかなりの時間がかかり稀に命の危険がある事もあるそうだがここ数十年はそんな事も起きておらずアイリーンは少し安心している。
「いい天気だな」
「本当、気持ちいい風」
アイリーンが木の枝をちょんとはらうと朝露が小さく舞い上がり、陽光にキラキラとしずくが煌めいた。
「ねー何アレ?」
ジュリーが指差す方を見るとかなり人の背丈よりも大きな猪の様な魔獣『ギボアーガ』が草むらから出て来た。
そこに妹のエレーナが
「お姉ーちゃん」
とお弁当を持ちながらこちらに手を振っている。
『しまったお弁当を忘れていたわ』
と思った次の瞬間、『ギボアーガ』が凄いスピードで妹の方に突っ込んで行くのを見てすぐにアイリーンの身体が動いていた。エレーナは立ち竦んでいる。この魔獣に襲われればただでは済まないスピードだ。
兄のライトハルトが遠目に見て気が付き、慌てて真っ直ぐな黒檀の杖を握りしめると渾身の力で魔法を放った、、、が間に合わなかった。
「アイリーン!」
ジュリーの叫ぶ声が聞こえる。
ドカッ!
アイリーンは妹のエレーナを突き飛ばして庇い猪の様な獣の衝撃を自ら受けて空中で回転しながら、
『エレーナは魔獣に直接は当たらず大丈夫そう』と思ったが『私エルフの成人の儀に間に合わないかなぁ』
そう考えながら白い光に呑まれて意識を失った。
【後書き】
次回:『私のお兄ちゃんと妹がエルフになっていた件』と驚異のエルフの生態 (失われた大切な日)
「怪我から回復してみんなを見ると、そっくりなのに耳が違うのよ。どうなってるのこれ?」
雷兄と英玲奈がエルフに変わってる。この現実に驚く愛莉。またアイリーンはおおよそ何故カノーチに来てしまったのかわかり雷都に説明するが雷都は理解出来ず混乱する。
雷都驚愕のエルフの生態が明らかに!
お楽しみに
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