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「…………タバコ」
詩帆は小さい声で呟いた。
喫煙者の柴浦ならきっと持っているだろうと、タバコをせがむ。
「タバコ、一本くれない?」
その発言に、今度は柴浦が目を丸くした。
だって。
「先輩禁煙してませんでした?」
詩帆と柴浦は以前から、たまに喫煙所で会って話す仲だった。
でも最近、詩帆は喫煙所には行っていない。
その理由は「彼氏にタバコをやめろと言われたから」だったはずだ。
「別れた」
詩帆の言葉はいつも端的。
だけどその一言だけで、柴浦は事態を把握した。
「なるほど。それで喫煙再開っすか。あ、どぞ」
スーツのポケットからスッとタバコの箱を取り出し、詩帆に一本取らせる。
そのまま慣れた手つきで、詩帆がくわえたそれにライターで火をつける。
「……ありがと」
久々のタバコを深く味わうように、詩帆は深く息を吸い、思いっきり白い煙を吐き出した。屋外なので、周りの目は気にしなくていい。
美味しそうにタバコを吸う詩帆を見ながら、柴浦も自分のタバコに火をつける。
一瞬の沈黙も束の間、柴浦は詩帆に尋ねた。
「なんで別れちゃったんすか?」
「それ聞く?」
「はい」
柴浦は屈託のない笑みを浮かべていた。
この質問に他意はありません、と言いたげな笑みだ。
(普通、別れたなんて聞いたら慰めるか、放っておくかじゃない?)
柴浦は傷口に塩を塗るタイプか、と詩帆は心の中で柴浦にそんなレッテルを貼る。
とは言え、彼なら勝手に周辺に吹聴する人間ではないという信用もある。
そのため、詩帆は隠すことなく答えた。
「……浮気された。彼氏の部屋に行ったら、浮気相手と盛り上がってたとこにばったり遭遇」
「まじっすか」
想像していたよりヘビーな話に、柴浦は苦笑した。
「ま。最近仕事が忙しくて彼氏にかまってあげられなかったし、浮気されても仕方ないかなーとは思うんだけど。さすがに最中にばったり遭遇はこたえたわ」
はは、と詩帆はそんな酷い内容を笑いながら話す。というより、笑い話にでもしないとやってられないという方が正しいかもしれない。
「ちなみに。そんな元カレに最後に言われたセリフが『お前みたいな仕事バカ、誰も相手にできねーよ』です」
"仕事バカ"
普通に生活している中で言われたらそこまで気にならなかったかもしれない。
実際そうだから。
最悪な状況で、最悪な相手にそう言われたから、なぜか引っかかっていたのだろう。
「……仕事バカって何。仕事して何が悪いの。浮気したのはそっちでしょ」
詩帆の口から、言葉が溢れる。
「いっつもそう。最初は『仕事頑張ってて偉いね』って言われるのに、途中で『仕事と俺どっちが大事?』って言い出す男ってなんなわけ?」
いつの間にか話は詩帆の恋愛遍歴にすり替わる。
「『仕事と俺』って、お前は女か!」
「先輩、どうどう」
荒ぶる詩帆の肩をそっと抑えて、柴浦は詩帆を優しくなだめる。
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