34人が本棚に入れています
本棚に追加
「…………じゃあ、泊めてもらおう、かな?」
詩帆はためらいながら、イエスと答えた。
いや、答えざるをえなかった。
元々、会社に泊まって仕事を終わらせるか、一度帰ってまた明日来るかの二択だった。
だからこれは、せっかく近場の家を提供してくれるなら泊めさせてもらって、明日会社に来た方が効率が良いと思っての判断だ。
「あれ、もう少し押すつもりだったんですけど」
意外とあっさりイエスがもらえて、柴浦は拍子抜けのようだ。
そんな柴浦に、詩帆は言う。
「だって。残ったところで君のこと考えて仕事にならない気がす……」
しかし、途中でハタと気づいて言葉を止めた。
(今、私、何を口走った……!?!?)
止めたものの、ほぼ言い終わっていたので時すでに遅し。
詩帆が恐る恐る柴浦の顔を見ると、その顔はかなり嬉しそうだった。
「そっか。先輩、俺のことで頭いっぱいになっちゃうんだ」
にやり、と笑いながら柴浦が詩帆ににじり寄る。
詩帆は反射的に後ずさる。
「言葉のあやよ。忘れて」
「嫌だね。忘れない」
生意気な後輩が目の前に現れる。
後ずさりたいのに、手が握られたままなので腕の長さ以上には離れられない。柴浦ににじり寄られると、詩帆は背中を反って少しでも離れることしかできなくなった。
そうすると、自然と柴浦を見上げる形になった。そこで詩帆の目に入ったのは、彼の背後にキラキラと輝く、星が散りばめられた夜空だった。
濃紺の夜空には、真っ白な月と星がよく映える。
屋上に来た時にも見上げたけれど、そのときはそんな風に思わなかったのに。
今、柴浦越しに見る空がこんなに眩しく感じるのは、どうしてだろう。
(……私の心が、荒んでいたから?)
仕事で疲れていたのはまぎれもない事実。
目の前の仕事ばかり見て、私生活もままならなかった。
目に入るものすべてが、暗く濁っていた。
(これじゃほんと、浮気されても何も言えないな……)
「先輩? どうしたんすか?」
突然黙り込んでしまった詩帆を心配し、柴浦が声をかける。
最初のコメントを投稿しよう!