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「ど――――ん!!」
「きゃあああああっ」
堪らず、スミカは悲鳴を上げた。それは屋敷中に響き渡る声だったが、幸いにも同時に鳴り響いた雷の音によって掻き消され、皆の耳には届かなかった。
ただ一人、彼女の目の前に現れた男を除いて。
「な……なんっ……」
スミカは驚きのあまり腰を抜かした。膝に力が入らず、すぐには立ち上がることができない。不本意ながら廊下に尻もちをついた状態で、辛うじて動く頭を持ち上げ、天井から降ってきた男を睨みつける。それが精一杯だった。
「グラン……!!」
「ちーっす、お嬢! いやぁ、すごい雷っすね~。こんな日は胸が躍っちまってなかなか寝つけないっすよ~。ひょっとして、お嬢もその口で? つか、ハワード家のお嬢様がパンツ丸出しではしたないっすよ~? それとも、そーゆー遊び? 趣味? あっ、もしかして自分、お誘いいただいてたりします?」
「そんなわけないでしょ!!」
スミカはかっとなって叫び、急いで身嗜みを整えて立ち上がった。込み上げてくる男への怒りが、彼女の小さな体を動かす原動力になったのだ。青ざめていた顔にも血色が戻ってきている。
「お前が急に現れるから、びっくりしただけよっ。つまり、お前のせいということよ。猛省しなさい」
「パンツ丸出しのお嬢も可愛かったっすよ!」
「反省しろ!!」
叫んでからスミカは己を咎め、乱暴な言葉を吐いた口を両手で覆った。他に聞いた者はいないか、きょろきょろと周囲を確認するが、廊下に人の気配はなく、嵐が巻き起こす恐ろしい音に屋敷は飲み込まれている。これなら例え、誰かが通りかかったとしても嵐の音に紛れてスミカの暴言は聞き取れないだろう。
ほっとして胸を撫で下ろしたスミカの心臓を、今度は雷鳴が震わせる。男の登場で失念していたが、雷はまだ近くをうろついている。忘れていた恐怖が一気に胸に還り、彼女は顔を強張らせた。
「どしたん、お嬢? ひょっとして、雷が怖いんすか?」
男はスミカの前にしゃがむと、その頬にかかった黒髪を梳いて彼女の顔を覗き込んだ。
「っそ、そそそ、そんなわけないっ、でしょ……!」
スミカは強がって否定したが、額にはびっしょりと冷や汗が浮かんでいる。
それが頬を伝い、流れ落ちる。
男は服の袖でその汗を拭った。
「そんなに怖いなら、自分が添い寝し」
「遠慮するわ」
「食い気味~!」
けたけたと笑って彼は、懐から小さな白馬のおもちゃを取り出した。
「それなら、嵐が通り過ぎるまで自分とデートしません?」
「……デート?」
こんな嵐の夜にどこでデートするのだ。そうスミカが視線に混ぜて返すと、彼は美しいエメラルドグリーンの瞳を狐みたいに細めて笑った。
「ちいっと空の上まで」
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