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「奥様は、先程お休みになられたところですよ」
メイドの言葉を聞いてスミカは言葉を失った。やっとの思いで母の部屋に辿り着いたというのに、一足先に母は幼い弟を腕に抱いて眠りについてしまったというのだ。本来なら、そこはスミカの指定席であり、こんな日にあの優しい母がスミカのことを忘れて先に眠るはずがないのだが、弟が生まれてからというもの、母はそちらにつきっきりだった。それを「しょうがない」の一言で片づけられるほど、彼女はまだ大人ではない。
「ご用件でしたら、私が承りますが……」
「べっ、べつにいいわ! おやすみなさいを伝え忘れただけだから!」
代わりに、メイドへ「おやすみ」と告げてスミカは足早に母親の部屋の前から立ち去った。
来た道をとぼとぼと戻りながら、スミカは目頭が熱くなっていくのを感じていた。鼻の奥がつんと刺激されて、何かが目からも鼻からも溢れてきそうだった。
今夜はひどい嵐の夜である。窓を叩く雨風の音も耳障りだが、空を割って降ってくる雷鳴がスミカには恐ろしくてたまらなかった。いつもなら雷の音がひどい夜は母が部屋を訪ねてきて、スミカが眠るまでそばにいて本の読み聞かせをしてくれるのだが、しかし、今回はそれがなかった。弟に役を奪われたのだ。
悔しいし、悲しいし、寂しい。大声で泣きわめいて母に縋りたい気分だ。
だが、スミカはそんなみっともないことはしない。名門ハワード家の令嬢たるもの、常に美しく、気高くあらねばならないと、祖母に厳しく言いつけられているからだ。
他人に弱音を吐いてはいけない、弱みを見せてもいけない。
それが貴族の娘の矜持だ。
スミカは祖母の言葉を思い出し、背筋を伸ばした。祖母は厳しい人だが、その厳格な姿勢にスミカは憧れを抱いていた。彼女のように美しく、気高い大人になりたいと常日頃から思い描いている。
だから、こんなことで涙を見せてはいけないと、己を鼓舞する。
(か、雷がなによ。ただ音が大きいだけだわ。布団を被って、耳を塞いでいればいいのよ。そうよ。わたしはもう、子供じゃないんだから。わたしはもう、お姉さんなんだから。雷が怖くて眠れないなんて、あるわけ――――)
視界の隅を閃光が掠め、ついで、ごろごろと唸り声のような音が空から降ってくる。
スミカは息を呑んで足を止めた。ゆっくりと窓の向こうを見遣れば、夜空を切り裂いて落ちた稲光が目に焼きつく。
その直後、白い煙が上がったのがわかり、彼女は青ざめた。
「い、いまの、落ち……」
思考が追いつかないうちに、次の雷鳴が空を砕いてスミカの頭上に降ってくる。
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