外れる天気予報も、今日は当たりだ

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 いつからか日本は、一年に一度空から物理的に星が降ってくる国になった。  それは俺の生まれる前で、いつからかっていうのは詳しくわからないらしい。けど正直、そんな昔の話は関係ない。むしろ今だ、今のこの状況。  毎年だいたい七月の終わり、晴天の日にくるその現象は日が落ちると同時に始まる。最初は少しずつ、その後は明け方にかけて雨のように。金平糖のような大きさのそれは次から次へと降ってきて、日本の大地を星で覆っていた。昔は口に含むと甘いなんて言われていたけど、今じゃ大気汚染やらなんやらで口に含むのは許されていない。翌朝になれば炭酸水のような液体に溶ける謎が多いこの現象は、今じゃ夏の風物詩だ。  あぁちなみにこの星、当たるとかなり痛い。死ぬほどではないけど確実に角が鋭いそれはどちらかと言えば鈍器で、頭を殴られたような衝撃に襲われる。なんで知っているかは、興味本位で経験したからなのだけど。  そんな事があってから星降る夜は大人しく家で過ごすようになった俺は、今日もエアコンをつけた涼しい室内で代り映えのないバラエティー番組を眺めていた。 「お、降ってきた」  雨音とはくらべものにならない、ドドドドとなにかを打ち付けるような鈍い音。これが、星降る夜の合図だ。 「……今年、どれくらい降っているのかな」  毎年くる星降る夜でも、その降水量ならぬ降星量は年々まちまちだ。  去年は確か例年並み、一昨年は確か少なめ。どちらにしても降るのには変わりがないけれど、どれだけ降るかは気になる。それこそ、興味本位で。 「まぁ、少しだけだし」  そっと覗くように、カーテンを開けるとそこに広がっていたのは美しい星達――  ドドドドドドドッッ 「……うわ、量やば」  嘘ついた、確実に例年以上降っている凶器達だった。  どこからどう見ても綺麗とは思えない、外に出たらきっと無事ではすまないその空間はまさに異世界だ。 「今日はもう寝た方が……ん?」  そんな一年に一度の異質な空間で、俺はふとある事に気づいた。  家の前にある公園の、なんの変哲もないベンチ。そこが少しだけ、光っていたのだ。 「いや、あれは……」  光っているのではない――誰かがいる。 「って、この星の中で!? 馬鹿なのか!?」  本能的にそう感じた俺は、危ない事はわかっているけど無視する事ができなかった。 「危ないって、言いに行かなきゃ!」  外は少し肌寒いからと薄手の上着を手に、部屋を飛び出す。  そのまま階段を下りて父さんと母さんに気づかれないように玄関へ行くと、傘立てに置いてあった星降る夜用の傘を手に取った。 「本当に、便利な世の中だよな」  少しの間なら星の衝撃にも耐えられるそれをさしながら、公園へ向かう。正直最初は星の音が怖かったけど、そんな事は言っていられないから。  ドドドと鈍く暴力的な音を聞きながらも足を進めると、俺はふとある事に気づく。 「なんだか、明るい?」  星降る夜なのだからもちろん明るいけど、そういう事ではない。公園が、なにかに照らされているように明かるかったのだ。  その正体がわからず光の中心に近づくと、そこには一つの人影があって。 「あら、こんばんは」  人影はごく普通の中学生くらいの女の子だった。  ……いや訂正、普通ではない。 「君は……」  少女は、全身が白に包まれているように見えた。  白くて儚くて、それこそ明日には消えてしまうこの星達のようで。  俺がその姿に見惚れていると、少女の方から俺の方へ声をかけてきた。 「今日はとっても素敵な夜ですね、まるで星が降っているみたい」  降っているみたいというよりは、物理的に降っているけどな。  どこかつかみどころがないなと思いながら簡単にそうだな、と話を合わせると彼女は座っていたベンチから俺を手招きする。 「せっかくのご縁なのです、少しお話しましょう」  柔らかくて優しくて、けれども断りづらいそんな言い方。  ぎこちなく頷いて傘をさしたままベンチに座ると、俺は彼女が傘をさしていない事に気づいて――ううん、彼女が傘をさしていない理由に気づいた。 「その、星が」 「どうしたの?」  なんでもないように笑っているけど、彼女の周りには星が落ちない。落ちないというよりは、星を白い光がはじき返していたのだ。  それがひどく美しくて、不思議でならなくて。  聞くのは野暮な事だから意識を他の事へ逸らそうとすると、俺ではなく彼女の方からあのね、と話をしてきた。 「おとぎ話は、好きですか?」 「おとぎ話? えっと、ポピュラーなものなら」  好きというよりは、知っているだけど。  それは言ってはいけない気がして口を閉じれば、その行動はどうやら正解だったみたいで彼女は一人で物語を紡ぎ出す。 「この星はね、叶わなかった世界の涙なの」 「涙……?」  涙にしてはあまりに暴力的な星を愛おしそうになぞると、悲しそうに目を細めた。 「私のも、含めて」 「え?」 「なんでもないわ、それでこの涙はね、お空で溜める事ができなくなったの。あまりに悲しんで、泣き疲れてしまったから……だからこうやって落としてね、しゅわしゅわ溶かしちゃうの」  また、明日から笑えるように。 「…………」  ちぐはぐな話の意味がいまいち理解できなくて固まっていると、彼女は突然不思議そうな顔であら、と俺の傘を指さしてきた。なんだろう、同じものを持っているとかかな。 「あなたの傘、穴が開いてきているわ」 「って、え!?」  言われてみれば確かに傘のところどころが薄くなっていて、後少しで破れてしまいそうだった。やばい、これが破れたらあの痛みを味わう羽目になる。 「えっと、ごめん、俺そろそろ帰らなきゃ!」  慌てて立ち上がって、軽く頭を下げる。今帰れば、まだ間に合いそうだ。 「君と話せてよかった、また会えたらぜひ」 「待って、一つだけ」 「え、ってうお!?」  少し強引に手を掴まれると、そのまま自分の身体が傾くのがわかった。  その次に感じたのは、額を包む柔らかいなにかで。 「お守り、私からの願い――今度は、あなたの世界が叶いますように」  彼女はそう言いながら俺の額に口づけを落として、優しく笑っていた。 「あ、え……!?」 「顔を真っ赤にして、かわいい」  星の降る世界の中で目を細めた彼女は、またね、と控えめに俺に向かって手を振っているだけだった。
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