流れ星に幸福を誓う

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 告げるのならば、星空の下で。  彼女との関係がきちんと始まったのは、山口のあの満天の星空の下でのことだと思うから。  そして、二ヶ月後、流星群が見られるらしい。  だから、プロポーズをするならそこでがいい。  しかし、そうは思うものの……、 「指輪を用意したいんですが、いかんせん、まだ学生なわけでして」  医学部五年生。卒業するのも、就職するのも、一人前になるのもまだまだ先だ。とはいえ、七歳年上の彼女をこれ以上待たせるのはどうなのか、四年付き合って仮に性別が逆だったら気にしないで結婚したんじゃないのか、それは男女差別なんじゃないか、などといって結婚をそそのかしてきた一人、彼女が姉のように慕う女性の顔を見る。ちなみに、そそのかしてきたもう一人は、俺の実の姉だ。面倒な姉を持った。 「あら、前向きになったのね。あんなに煮え切らない感じだったのに?」 「真剣に相談してるんで、茶化さないで聞いてもらえますか。円さん」  向かいに座った円さんがおどけた口調で話しはじめるから、釘をさす。油断するとこの人は話を脱線してからかってくるだろう。 「あら、失礼」  円さんは手元のアイスコーヒーに一度口をつけ、 「じゃあ、真面目に答えるけど、指輪にこだわる意味がわかんない。結婚って婚姻届だしたら法的にはそれでオッケーなのよ?」 「法的な話じゃなくて、気持ち的な話をしてるんです」 「気持ちを優先したらお金生えてくると思ってんの?」 「そうは思ってないですけど」 「結婚するなら身の丈にあった生活って大事でしょ」 「それはそうですけど……」  正論だ。そりゃそうなのだ。それでも、 「指輪を渡したら絶対沙耶喜ぶじゃないですか」  彼女の喜ぶ顔が見たい。そう告げると、 「……まあねぇ、そうなのよねぇ」  割とシスコンの円さんが、悩むような表情をした。 「まああの子は龍一くんにプロポーズされただけで嬉しいだろうけど。あの子、あれで夢見がちだもんねぇ」  憧れがあるでしょうね、指輪と続ける。  付き合って初めての誕生日に渡したペアリングも、未だに大切にしてくれているのだ。つけてるの右手にだけど。最初左手にしてたけど、知り合いに「え、結婚するの?」とか言われて恥ずかしくなって右手に変えたという。そのくだりを思い出しても、やはり指輪を渡したい気持ちがある。 「まーでもさ、とりあえずプロポーズの時は指輪なくていいんじゃない? プロポーズの時の指輪って、断られてもいいようの安いやつってこともあるらしいし」 「断られるとは思ってないんで」 「すっごい自信。まあ、そうだろうけど。じゃなくって、二人で相談したら? 婚約指輪はさておき、結婚指輪って双方で贈り合うものらしいじゃん? 関係ないから知らないけど」 「……もしかして、この話、めんどくさくなりました?」 「なったなった。あとまあ、前も言ったけど私、趣味じゃないアクセサリーを渡されるの嫌な人だから」  そう言う円さんの耳元についているピアス。他のアクセサリーや洋服と比べてグレードの低いそれが、円さんの趣味じゃないことはわかっている。家の事情で別れてしまった恋人からのプレゼント。ずっとつけているのにな。そう思って少ししんみりしてしまった。その恋人も俺の友人だったから。  それも思うと、やはり万全の状態で結婚したい。 「別に今つけてるそれと同じようなやつでもいいと思うけどねー。値段を沙耶が気にするとは思えないし」 「でも……」 「君が気にするのよね。わかってる」  金額が想いじゃないとしても、想いを込めたいのだ。 「あー、わかった。ちょっと待って」  円さんはケータイをいじると、 「友達がさー、この前やったらしくて。まあ、それはただの趣味でなんだけど。あ、これこれ」  画面をこちらに向けた。 「これね、自分で指輪を作れるらしいのよ。彫金ってやつ? あなたたちには丁度いいんじゃない? あ、悪い意味じゃなくって。お互いに相手の分を作ったりするの苦にならないでしょ?」  私は嫌だけど、と円さんは続ける。 「金属の重さによって価格が違うらしいけど、コスト抑えられるし。なんかこう、二人の思い出のなんかにしたら? プロポーズする次の日の予約とかとっといてさ」  とりあえず、ここのサイト送るね、とリンクが送られてくる。 「ありがとうございます」  サイトを見る。  なるほど、これはなんというか、 「あれですね、夢見がちですね」 「でしょ? ぴったりじゃない?」  円さんがにやりと笑う。  ああ、やっぱり、この人に相談してよかった。 「ありがとうございます」  もう一度頭をさげる。 「いいえー。この話、聞かなかったことにしとくから。うちの可愛い妹のこと、よろしくね」  そうして綺麗に円さんは笑った。 「流星群、見に行かない?」  何気ない風を装って、食事中に沙耶に声をかけた。 「来月だっけ?」 「うん。あのほら、うちの近所の公園。あそこ、周りに高い建物ないから、意外とよく見えるらしいんだ」 「へー。いいね」  疑わずに沙耶が頷く。 「十二日の夜が一番よく見えるらしくって。丁度土曜日だした。そのころなら、沙耶が見違ってた映画始まるし。次の日見に行こう」 「うん」  とりあえず、予定は抑えられた。それに安堵する。  あとはお天気だな。てるてる坊主でも作っておかないとな。  ぐずついた天気が数日続いて心配していたが、十二日はなんとか晴れてくれた。よかった。  公園に行くと、マイナーな場所だと思っていたがちらほら人がいた。  ほどほどに他の人と離れたところにレジャーシートを敷く。  二人して並んで寝っころがる。 「あ、見えた」  沙耶が弾んだ声をあげる。  確かに今日がピークなのだろう。目を凝らしていると、ぱらぱらと流れ星が見える。 「雨みたいだね」 「ん?」 「星の雨」  くすくすと沙耶が笑う。またロマンチックなことを……。 「それにしても、消えるまでにお願い事三回って難しそう」 「そうだね」  あっという間に、消えていってしまう。でも、流れ星に願わなくても、叶えられる願いだってある。 「あのさぁ、沙耶」 「うん?」 「お願いが、あるんだけど」 「この流れで、あたしに?」 「そう」  上体を起こし、その顔をのぞきこむと、一度深呼吸して、 「結婚してくれませんか?」  言葉を落とした。  沙耶は黒目がちな大きな目を、もっと大きくする。可愛いな。  沙耶も起き上がると、 「……もっかい、言って」  小さい声で言われる。 「ええっ」  二度目はちょっと恥ずかしいが、 「結婚してください」  正面から目を見つめていうと、沙耶は一瞬ぎゅっと目を閉じると、 「はい……、お願いします」  目を開いて、にっこり笑った。  ああ、よかった。断られるとは思ってなかったけど。  周囲の人でこっちを見ている人がいないことをざっと確認すると、 「沙耶」  そっと口付ける。 「……外」  唇を離したところで一度釘をさされる。 「誰も見てない」  軽いキスで我慢したので許してほしい。  もう一度、今度は手を繋いだままレジャーシートに倒れ込み、空を見上げる。 「年の差とかさ、俺がまだ学生なこととかさ、周りになにか言われるかもしれないし、迷惑かけちゃうかもだけど。でも、幸せにするから」 「うん。……でも、あのね」 「うん?」 「それは、なんていうか、一緒に幸せになろうよ」  ちょっと驚いて沙耶を見ると、微妙に顔を赤くしてた。 「一緒に?」 「うん、お互いに」 「……そうだね、うん。ごめん。お互いに」  うん、よろしいと沙耶が少し笑う。  お互いに、か。 「沙耶さ、明日映画見に行くって言ったけど、変えていい?」 「いいけど……。何か予定入っちゃった?」 「うん、あのさ。指輪、作りに行こう」 「指輪?」 「結婚指輪、お互いに相手の作ろう。あー、まあ、俺の方が下手そうだけど」 「お互いに?」 「そう、いきなりで悪いけど。実はもう、予約してある」  ぎゅっと握った手に力が込められる。 「……いいね」 「あれ、泣いてる?」  声が震えてるから、顔を覗き込むと、 「見ちゃだめ」  腕で顔を隠されてしまった。 「もしかして、嫌だった?」 「また、そういう意地悪いう……」  不満そうな声で言われた。まあ、からかったのは事実だ。 「ごめんごめん」 「……嬉しいからだよ」  腕の下から声がする。  意地悪にでもちゃんと教えてくれるから、可愛い。 「沙耶、顔、見たい」 「星見てなよ」 「さーや」  名前を呼ぶと、彼女はちょっと腕をどかした。その手をとって、顔を近づける。さっきよりも、長く。 「……外だってば」 「うん。……もうちょっとしたら帰ろ?」    次の日、予定どおり、指輪を作りに行った。 「どういう感じにしますか?」  店員さんの質問に、 「星っぽく、できますか?」  沙耶が尋ねる。 「星、お好きなんですか?」 「思い出なので」  そこから店員さんの助言ももらって、小さな丸が斜めに並んだデザインに決める。流れ星。  金属を叩いて、デザインを形にしていく。  案の定、俺が作った方はちょっと歪んでしまった。  その場で持って帰れたので、指輪をしたまま店を後にする。  つけた指輪を嬉しそうに沙耶が眺める。 「……歪んでるよね、ごめん」  俺がつけてる分は、綺麗にできてるのに。 「うん。歪んでるけど……、だから、世界に一個だね」  笑う。嬉しそうに。  ああ、色々悩んだけど、こうしてよかったな、と思った。 「ところで、今普通に指輪してるけど、これってちゃんと結婚するまでつけない方がいいのかな?」 「え、わかんない。でも、まあ、そうかも? 周囲に説明必要になるしね」 「そうだよね。じゃあ、今日だけつけといて、あとはしまっとこうかな。ひとまず。挨拶とかもしないとだしね」 「あー、そうだよね」  そういう細かいところは考えてなかった。まあ、双方の親族が反対するとも思えないから、気は楽だけど。 「とりあえず今日は、ご飯食べて帰ろう」 「そうだね」  手を繋いで歩く。 「あとさ」 「うん?」 「また、流星群、見に行こうね」 「もちろん」
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