星の降る街

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 私のいる街には、時折、星が降る。  それはそれは、とても美しい光景だ。  神様がくれる、ささやかな幸せ。  「やあ、嬢ちゃん。あんたも懲りないねぇ。もう星なんて降らないよ。多分。」  背後の民家の窓から、私に話しかける声が聞こえた。  「そんなもの分からないわ!もしかしたら今すぐにでも降るかもしれないじゃない?」  と私は上を見上げたまま、返事をした。  「おじさまは浪漫がないわね。」  「あんたが夢見がちなだけだと思うがね。」  それでも空を仰ぎ続ける私に呆れたのか、「はぁ」と大袈裟なぐらいの溜息が背後から投げかけられた。  この声の主とは、もう十数年来の付き合いになろうか。  私が空を見上げる “いつもの場所” のすぐ後ろにあるお家に住んでいる人だ。  いくつかの民家とパン屋さん、そして時計塔しかないこの街で、付き合いのある人は自然と限られてくる。  星が降ることを “夢見がちな”、ちょっと風変わりな私であっても、こうして話しかけてくれるのは嬉しいのだ。  「前に星が降ったのはいつだったかなぁ……」  声が少し遠ざかる。窓からガザゴソと何かを探す音がしている。カレンダーだろうか?  「私は覚えているわ。6年前のクリスマス・イヴよ。」  部屋に届くようにちょっと声を張り上げる。するとしばらくして音がピタッと止んだ。  「よく覚えてたなぁ。合ってるよ。多分。」  自分がカレンダーにメモしたのが間違ってなければな、と苦笑いを交えた声が戻ってきた。  「星のことは任せて。私、なんだって覚えてるんだから。」  えへん、と胸を張る。見栄でも誇張でもなく、何年何月何日何曜日何時何分何秒、何回目の星が降ったのか、全部ちゃんと覚えている。  「昔はよく星が降ってたなぁ。あんたが来たばかりの時とか。特にさ。」  初めて星が降った日、この街のみんなが「綺麗だ」と空を見上げていた。  神様からの贈り物のような “それ” をみんなで見上げていた。  始めはビギナーズラックとばかり、毎日のように降り続けた星たちは、徐々に徐々にその間隔が空き出して、やがて6年前のクリスマス・イヴを境にぴったりと止んでしまった。他の住人もあまりにも降らない星のことなんてもう頭の片隅にも残っていないのか、毎日こうして空を見上げているのは私一人だけになってしまった。  いや、もともと、この街で、わざわざ外に出て空を見上げている物好きは私一人だけなんだけれども。  「まぁ、本音を言わしてもらうと、そんな頻繁に星が降られても心臓に悪いけどな。」  たしかに、それにはちょっと同意見。  「うーーーん、まぁ、その……はい……。」  苦し紛れに唸った私にカラカラと、笑い声が返ってくる。  「星が好きなあんたでも、流石にビックリするよな、あれは。」  「むうぅ……それはそうですよぉ……。急にぐるん!ってなりますから……」  私はほっぺたを見えるように膨らませた。  この街に星が降る前、必ず、とても厄介な現象が起こる。  私たちはそれを “天変地異” と呼んでいた。  誇張表現ではなく、本当に天地がひっくり返るようにグラり、と世界が回るのだ。  そして酷い眩暈が収まる頃、空を見上げると「よく頑張ったね」と言わんばかりに星がヒラヒラと降り積もる。  だから星が降る夜、この街は二重の意味で活気に満ち溢れる。  一つは “天変地異” に驚く人々の声。  もう一つは降ってくる星への歓声。  「でも、それを含めて、私は星の降るこの街が大好きです!」  私がそう言って、足元の星たちを蹴りあげると、キラキラと地面が輝いた。  そして、唐突に世界が回り出した。
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