ただならぬ二人

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ただならぬ二人

ジェームスと別れ、生来は自転車を菅野の家に走らせていた。夏の日差しは射すような暑さなのに、海からの風が涼しく、心地良かった。 海沿いの道を全力で自転車を漕ぐ。菅野と出会う前は、こんな、感情に押されるような自分ではなかった。 幼い頃は聞き分けがいい子で通ってたし、そのうち、何を考えているかわからないとか、冷めてるとか周りには思われていた。兄の死がその性格に拍車をかけて、陰を落とし、不登校になった。 それが、今、頭で考えるより、身体が感情を優先していた。「もし、ジェームスの言うよう嫉妬のせいで、先生を怒らせてしまったら、誤解を解かないと。」生来は、風をきって、逸る気持ちで菅野の元に向かっていた。 「はぁはぁはぁ」 かなりのスピードで飛ばしてきたので、息が荒かった。自転車から降り、呼吸を整え、菅野の家の前に立つ。呼び鈴を押すのが久しぶりすぎて、躊躇してしまう。「もし、菅野の態度が自分を拒絶するものであったら」と考えると更に押すことができなかった。サドルを持つ手に力が入る。 「よしっ」 ブーブー 中からの反応がない。 ブーブー もう一度、押す。 「まだ、帰ってないのかよ。。。」 菅野が不在だと分かるや否や、どっと疲れがでて、玄関前に座りこんでしまった。目と鼻の先くらいに自分の家があるというのに、ここから離れがたく、動かぬまま、長い足を投げ出して、この場に居座ってしまった。 どのくらい時間が経つたのか、辺りは日が落ち始め、外気は涼しく過ごしやすくなっていた。菅野は図書館を去った後、東京観光を兼ねお茶の水の古本街まで足を伸ばしていた。四月に上京して以来、神奈川からでたのは、今日が初めてだった。 図書館で、生来と知らない男がただならぬ様子でふざけあっている姿を目の当たりにし、胸のムカムカで、その場に居られないほど、動揺してしまった。頭に血がのぼるとはこういうことかと菅野は体感した。それゆえに、生来に声をかけることもなく、知らぬ素振りで、図書館を後にしてしまったのだった。 感情的に飛び出してしまってから、自分のコントロールの効かない態度に自己嫌悪でいっぱいになった。こんな自分は生まれて初めてだった。 どちらかというと、朗らかや穏やか、のんびりという印象を持たれがちの菅野なので、自分でもそうなのだろうと疑わなかった。 しかし、生来に出会い、自身の内面に荒々しい自分がいることも知った。現に、教師という職業でありながら、だらだらと密かな関係を続けている自分に驚きと軽蔑が常に入り交じっていたのだった。 そんな状態から脱したい気持ちが、今まで行ったことがない土地へと足を向わせたのだった。 片手にコンビニの袋、もう一方に書物が入った紙袋を持ち、ようやく、我が家に着いたところ 「せいら。。。?」 玄関の引き戸に寄りかかり、すやすや寝ている生来が居た。長い睫毛に、形の良い唇、前より少し焼けた肌、投げ出された長い足。どこもかしこも、全て、菅野の知っている生来が居た。 「せいら。」 「ん?!」 いきなり目の前にあれほど、会いたかった菅野が居たので、生来は咄嗟に立ち上がろとして、引き戸にぶつかりながらも、ふらふらと立つた。 「いてっ。」 「大丈夫かよ?」 菅野は持っていた荷物をおろして、生来にかけよった。 「大丈夫。大丈夫。」 「で、お前、何してんの?俺の家の前で。寝るなら自分の部屋で寝ろよ。。。風邪引いたらどうすんだよ。受験生!」 一ヶ月も会わなかったのがうそのように、自然な空気が二人の間を流れ始めた。 「いや、図書館で菅野先生、なんていうか、俺とジェームス見て、怒った風だったから。。。気になって、ここ来たら、居なくて、それで、寝ちゃってた。ジェームスってのは、二宮のアメリカ人の親戚で。」 「ああ」 菅野は言葉を選び、返答に困っている様子だったが、生来がたたみかけるように 「もしかして、妬いてた?」 と本心に迫った。もう、夜だというのに、精力的なセミ達は盛んに暗闇で鳴いていた。 ミーン ミーン ミーン ミーン ミーン 「生来、花火しょう。」 菅野は生来の手を引くと、家へと連れ入った。
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