難しい年頃

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難しい年頃

8月の終わり頃に、ジェームスはアメリカに帰国した。帰国する前も何度か、予備校後に食事をした。その日によって、二宮が居たり、居なかったりしたが、生来とジェームスは良い時間を過ごしていた。 最後に、ジェームスと会った日の別れ際に、言われた言葉がまだ、生来の中に残っていた。 「人生はたった一度。他人の価値観に縛られたら、ダメだよ。大、Go for it!」 その言葉を噛みしめて、空を見上げると、飛行機が鰯雲の間を飛んでいた。夏が暑さを残していったが、漂う空気は秋を含んでいた。 9月、新学期がスタートすると、生徒達は文化祭の準備に忙しくなった。今まで、一度もこのての行事には参加したことがない生来も、今年はクラスで出店する焼き鳥屋に参加することになっていた。 授業が終わると各教室は作業や出し物の練習場となり、賑わい、生来も、みんなと看板作成に勤しんでいた。 「菅野先生!ちょっと、これ、見て、アドバイス下さい!」 と廊下で踊りの練習をするダンス部の声が聞こえてきた。ちょうど、生徒達の作業の様子を見に来ていた菅野が捕まったようだった。 生来は、なにげなく、立ち上がり、トイレに行く振りをしつつ、声のする方を見た。今、流行りの韓流アイドルのダンスを完コピーし、可愛く、セクシーに踊る女子を前に、なんだか、戸惑い、そわそわしている菅野が視界に入ると、 「なんだよ、あの面は。」と菅野を今にでも、責めて、こっちを向かせたい気持ちになっていた。踊り終わった女子達が菅野の腕を引き、上手く踊れていたか聞いているようだった。 「ねぇ~ちゃんと踊れてた?」 「菅野先生、顔赤くない?」 「超~、可愛い」 女子達が菅野を中心に盛り上がるほど、生来は平常心を保つのに必死だった。「あ~、なんか、腹立つ。トイレ行って、気分変えよ。」 生来は、むしゃくしゃしながら、廊下を大股で歩き、トイレへと向かって行った。「菅野先生って、やっぱり、女の方が好きなのかな?普通に可愛いとか思っちゃうんだろうな。」考えれば考えるほど疑念が頭を占領し、トイレの鏡をみて、自分が男ということを少し悔やんだ。 バタン ドアが開くと、焦った顔の菅野が入って来た。 「生来、大丈夫か?」 「先生。。。なんで。。。」 「遠くからでも、分かった。顔色悪いの。本当に大丈夫?大丈夫なら、俺、もう、行くぞ!」 菅野の慌てた様子を見て、生来はさっきまでの自分を覆っていた雲がなくなり、晴れ間が見えた感じがした。 「先生、キスしてよ。」 生来は、菅野を壁に押し付け、逃げれない体制をとった。 「ばか。無理だよ。学校では。」 菅野が生来を押す。 「いいじゃん。ちょっとだけ。」 生来もねばる。 実行委員は至急、視聴覚室に集まるようにとの校内アナウンスが流れ、生来がアナウンスに気をとられた隙に、生来のおでこに菅野の唇が一瞬、触れた。 「じゃあな。文化祭の準備、がんばれよ。」 そう言って、菅野は生来の腕をかわして、ドアの向こう側へ、足早に去って行った。 菅野の唇が触れたところがじ~んと熱い。鏡には白い肌が薄いピンクになった生来の顔が映る。。。「たまんね~な。。。」生来は、半ば放心状態でトイレを後にした。 教室に戻ると家庭科の堀口が様子を見に来ていた。 「生来さん、大丈夫だった?さっき、具合悪そうにトイレに行ったあなたを心配して、菅野先生、急いで追っかけてったけど、会えたかしら?」 「あっ、、、会ったかな?」 しどろもどろに生来が答えた。 「菅野先生、いつもになく、慌てて、心配そうだったわよ。」 「。。。。。」 「大丈夫なら、良かった。」 そう言うと、堀口は教室を後にした。その後ろ姿を見て、「誰がどこで見てるかわからないな。。。」と生来ははっきりと実感した。 自分の軽率な行動が、菅野を苦しい立場に追い込むかもしれない。。。生来は、ガヤガヤと騒がしく作業をしているクラスメート達の声の中、1人、全く違う世界に浮遊しているような感覚を感じていた。
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