突然の来訪者

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突然の来訪者

今日も家に着く頃、辺りはすでに暗かった。山のような書類を片づけ、明日の授業の準備。菅野はきっちりと教科のプログラムを組むことが好きなので、生徒達に分かりやすいように工夫したプリント、参考になる本、スライドなど用意していると、だいたいこのくらいになった。 家に着いて、テレビを観ながら、夕飯を食べて、風呂に入って、余力あれば、小説を読んで寝る規則正しい生活をしている。真面目と言えば聞こえがいいが、つまらない男かもしれない。ネクタイを外し、ワイシャツのボタンを二つはずした状態で夕飯を食べる。コンビニで買ってきた弁当とビール。テレビではお笑い番組がやっている。縁側から見える海は静かだ。 ブーブー 玄関の呼び鈴がなる。 「こんな時間に何だろうと」立ち上がり引き戸を開ける。 ガラガラガラ 「うぁ!」 引き戸のかなり近くに生来が立っていたので顔と顔がやけに近かくて、慌てて、菅野は後ろに下がった。 「こんばんは。これ、母さんが先生に渡してこいって。スペアリブの煮込みと自治会のゴミ当番の表。俺ん家、今年、班長だから、これも渡してくるように言われた。」 と菅野は生来から表と洒落た料理が入っているタッパを受け取った。 「良い香りがするね。お母さんにごちそうさまと伝えてくれ。本当にうまそうだな。届けてくれてありがとう。」 引っ越したばっかりでこんな温かいことをしてもらう嬉しさに思わず、笑顔が出た。 「ん?生来?どうした?」 耳まで真っ赤になった生来が目の前に居た。「大丈夫か?」と聞く間もなく、 「じゃあ!」 と生来は走り去って行ってしまった。 「明日も学校で会おうな!」と言えば良かったと思いながら菅野は引き戸を閉めた。少し蒸すような夜だった。 菅野に届け物をして、心臓がどきどきしている自分にびっくりしてしまった。生来は、部屋のベッドに寝転がり、まだ、落ち着かない気持ちに動揺していた。「なんだ、これ。女子かよ。ってか、奴は男だぞ」 落ち着かせるために目をつぶると現れる、菅野の屈託ない笑顔とワイシャツからのぞく、褐色の肌。自分を見下ろす背。頭で振り切っても現れる菅野の姿。 実のところ、生来の下の部分も反応しつつあるのが分かった。こんなの初めてだ。かなり、ショックなことだ。今まで、一度だって男がいいなんて思ったことはなかった。男の生理的な処理については、かなり淡白な方だと自分では思ってたし、特に何に興奮すると言ったこともなかった。ただ、生理現象で出したい時に出す程度だった。そんな自分を冷めてると思っていたし、兄の死が少なからず、影響を及ぼしていると思っていた。 生来にとって、菅野は、確かに容姿は兄に似ているが、今まであったことがないタイプだ。大人なのに素直と言う言葉がよく合う。純朴。純粋。何かを秘めたような深い黒色の目。屈託ない笑顔。 「菅野賢治」 生来は一人、つぶやいた。 ここ数週間、生来は学院に毎日、登校するようになっていた。クラスメートなどは、明らかにその理由が担任であると密かに考えていた。学校に居る時の生来と言えば、常に菅野を目で追っているし、菅野の話しになると嬉しそうな顔をするのだ。だからと言って、生来が菅野を恋愛対象として見てるとは誰一人と思っていなかった。きっと、兄の面影を菅野に映し出しているのではないかと誰もが、そう考えているようであった。
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