ゴールデンウィーク

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ゴールデンウィーク

教室は帰りの会に差し掛かっていた。 「明日からゴールデンウィークです。大型連休になるので、みんな、あまり、羽目など外さず、学院の生徒として、きちんとした、振る舞いをして下さい。レポートや課題も終わらせるように。それでは、みんな、楽しい連休を!以上!」 菅野の話が終わるや否や、生徒達の声で一気に騒がしくなった。菅野は何気なく、生来を見たが、クラスメート達と楽しげに話している。最近はよく笑うし、順調に学校生活を過ごしていた。時おり、悩ましい顔をしている時があり、気にかかるが、生来はもう、大丈夫だろう。あまり、生来をじっと見すぎてたのか、生来とばっちり目が合ってしまった。一瞬どきっとして、急いで目をそらし、教室を後にした。 廊下を歩いていると、ちょうど、家庭科室からでてきた堀口とばったり会った。 「菅野先生。ちょうど、良かった。ゴールデンウィークって何かご予定あります?」 堀口に、いきなり、プライベートな予定を聞かれ、少し、慌てつつも、 「いや。特にないです。堀口先生は?」 と返した。 「良かった~。実は毎年、学長のお宅でバーベキューパーティーをするんです。今年は、菅野先生の歓迎会も兼ねましょうという流れになったんです。菅野先生、参加できそうですか?」 堀口が心配そうな面持ちで菅野を見つめる。菅野はなんだか、自分のためにそんな企画があったことに恐縮してしまい 「なんだか、申し訳ないです。ありがとうございます。」 と軽く会釈した。日時や場所などは後で連絡してくれることになり、堀口と菅野は連絡先を交換した。 仕事帰り、コンビニでビール、つまみを買い、店からでてきたところで、自転車の生来とばったり出くわした。 「おお!せいら~!」 菅野はなんだか、嬉しくなり、笑顔で声をかけた。 「菅野先生」 生来も自転車を止めた。 「明日からゴールデンウィークだな。ようやく、休みだ~!」 菅野は休みを前にして、いつもより、解放的な気分だった。生来がその様子を見て、笑いながら 「先生、夏休み前の子どもみたいじゃん。」 と笑った。 「そりゃあ、楽しみだよ。もちろん、生徒達に会えないのはさみしいけど、四月から新しい環境で、緊張と忙しさの中で過ごしてきたから、この休みはのんびり休むよ。」 二人で話をしながら、お互いの家へと一緒に歩きだした。 「生来、自転車でどこか行ってきたの?」 と一生懸命に自転車を押して坂道を上がる生来を見ながら、菅野は聞いた。 「うん。隣町まで映画を借りに行ってきた。」 「近くにレンタルDVDショップがあるんだ~。映画鑑賞か、いいな。俺も今度、借りに行こうかな。休みだと時間気にせず見れるから贅沢だよな~。」 と菅野はしみじみと言った。学生時代は時間がたくさんあったのに、社会人になるとそうはいかない。 「インドのドキュメンタリー映画を借りた。あとは~」 「面白いな。生来。チョイスがいい!」 「あとは、銀河鉄道の夜のアニメーションとロッキー」 と言って生来がはにかみながら笑った。その顔が可愛いと菅野は不意に思ってしまった。生来は可愛い。あまりに美形で近寄りがたい雰囲気ではあるが、彼自信は容姿に無頓着で、無防備で赤ちゃんのようなのだ。 「宮澤賢治って、菅野先生と同じ名前だね。。。」 ぼそぼそ、生来が可愛いことを言ってくれた。 「なんだよ!だから、借りたのか~。お前、俺のこと、本当、好きだな。」 とやや照れ隠しで、生来の背中ぽんをと叩いた。 「いてっ。」 と坂の途中で止まる生来。顔は笑っている。本当にいい夜だと満点の星を見ながら家路に向う二人だった。 リンリン  菅野の携帯電話の着信音が鳴り、表示を確認すると、家庭科教員の堀口からだった。 「ちょっと、電話でるね。」 と生来に断り、電話にでた。 「もしもし、あっ、こんばんは。はい、はい、五月三日二時に駅前ですね。わかりました。バーベキュー、楽しみにしてます。はい。おやすみなさい。」 「生来、ごめんな。堀口先生からだった。」 「へぇ~。仲良いいじゃん。」 と一瞬、生来が時折、教室で見せる悩ましい顔を見せた。 「じゃあ、俺は、ここで。」 生来が、ヒルサイド産婦人科の前で立ち止まり、挨拶をした。 「お。じゃあな。良いゴールデンウィーク、過ごせよ!」 なんだか、あんなに星が輝いて見えた夜だったのに、別れ際、なんだか気まずい雰囲気で別れた二人だった。 ー次の日 TVでは多くの人で賑う観光地が映し出されていた。生来はソファーに横になりながら、ため息をついていた。 「大?どうかしたの?」 母が心配をして声をかけた。近頃は、会話もするし、息子も変わった。 父は側のダイニングテーブルでゆっくり、朝食をとっていたが、病棟用の携帯電話に看護婦から呼び出しがあった。患者さんの陣痛が始まったとのことだ。母も慣れたもので、父がすぐに出動出来るように準備に取り掛かっていた。 ヒルサイド産婦人科は父で三代続く病院であった。地元の産婦人科と言ったら、ここくらいなもので、有り難いことに繁盛していた。 母は、お嬢様育ちだったが、父と結婚し、病院の理事を長年している。普段はおっとりとした母だか、仕事の時はてきぱきと総務課、医事課に指示をだしていた。 父が慌ただしく出て行った後、昔なら、そのまま、母も忙しさに流れていくのだが、母も変わった。嵐のように去った、父の食べ残しを片付けながら深呼吸をし、ソファーで携帯電話をいじっている息子を見た。 「大、今日、どこかに行くの?」 大は母の方に顔を向けながら 「今日は、透子達と辻堂で映画を観に行く。晩飯はいらない。」 と答えた。さっきのため息はなんだったんだろうと母は気にかけていた。 そういえば、休暇中、菅野先生の所には行ってないようだった。家にずっといることもなく、クラスメートから連絡がきて、出掛けたり、地域猫のお世話の人達に会いに行ったり、近所の獣医さんのお手伝いに行ったりしていた。 獣医さんと猫のボランティア団体は不登校時の生来の居場所となっていた所だった。 生来は、携帯に表示されていた日付、五月三日をしばらく見ていた。。。 菅野は駅前で堀口と会っていた。今日は学長のお宅でバーベキュー兼菅野の歓迎会があるので、場所の分かっている堀口が連れてってくれることになっていた。 「菅野先生、スーツじゃないから気がつきませんでした。それに、メガネかけてるから。更にわからない。ふふふ。」 花柄のワンピースと日傘の出で立ちの堀口がにこやかに言った。 「僕も堀口先生のこと分からなかった。女性は私服だと雰囲気変わりますね。今日、メガネなのはコンタクト買い忘れてしまって。分かりずらくて、申し訳ない。」 「メガネもお似合いです。」 堀口は背の高い菅野を見上げながら言った。菅野は照れた様子だった。 学長の家は駅から徒歩で数十分くらいの場所にあった。地中海を思わせる白い外観の閑静なお宅で、白い壁はブーゲンビリアで彩られていた。広大な庭は海に続いていて、庭にはすでに教師達が集まっていて、バーベキューの準備に取りかかっていた。 「今日の主役がお姫様を連れての登場ですね!」 と体育教員の佐々木が場を盛り上げた。 学長も大きな肉の塊を焼きながら、手を挙げた。聖学院の教師十名程がすでに、ビールやワイン片手に談笑していた。学長の奥様が菅野と堀口を迎えてくれた。 「お二人さん、こっち、こっち。」 教師たちに手招きされ、二人は輪の中へ入っていった。 五月になると日が長い。生来は、二宮と本間、男子生徒の佐藤の計四人で映画を観て、ファーストフードでランチをし、地元へ戻って来ていた。駅前は大型連休だというのに、あまり普段と変わり映えしない様子だった。 「まだ、五時で明るいけど、これから、どうする?」 二宮がみんなに聞いた。二宮は、大抵、取りまとめ役をかってでてくれる。 「海、行かね?」 いつもなら、あまり意見もなく、その場をふわふわと流れているような生来が珍しく、みんなに提案した。 「いいね!行こうよ!」 「久しぶりに、海、行きたい!」 「写真撮ろうよ!絶対、映える!」 なんだか、休みっぽい過ごし方をしたいということで、みんなも乗り気だった。 生来は学長の家が海沿いにあることを知っていたし、今日、バーベキューパーティーがあることも、あの夜、知った。 あの日、坂道の途中で、菅野と気まずい別れをしてから、このモヤモヤした感情に蹴りをつけたかった。「菅野と堀口がいい感じになっているとこでもみれば、俺は、きっと目が覚めて、こんな、どうにもならない気分から抜け出せるはず。」生来は、クラスメート達と海に向かった。 「この辺りの白くてデカイ家だよな?学長んち」 さっきまで、明るかった空も日を落とし、オレンジ色に染まっていた。打ち寄せる波の音と心地よい海の風。本間が、“白いデカイ家”を見つけたらしく 「きっと、あれよ!学長の家!」 と指さした。 「なんか、いい匂いしない?」 肉の焼けるにおいが漂ってきて、と佐藤の腹がなった。 「あ~腹減ってきた~」 男子達は口を揃え言った。 「ねえ、あれ、菅野先生と堀口先生じゃない?」 生来は二宮が見つめる先をみた。遠くて、あまり、はっきりとは見えないが、女性が男性に腕を絡ませているのがわかった。。男の様子はどうかというと、酔った相手を介抱してるようにもみえた。 「今、行ったら、ヤバいよね~。」 と二宮が遠くの男女をみて言った。 学長の家でバーベキューパーティーが開かれていことは、ライティングで煌々と照らされた、明るい庭の様子と肉の匂いで一同、察しがついた。 あの男女が菅野と堀口だというのが認識できると、生来の身体は固まってしまっていた。実際、良い感じの二人をみて、気分が楽になるどころか、きつかった。 二宮達の話声が遠くなる。波の音と心臓の鼓動だけが、生来にはただ、うるさいくらい聞こえていた。 「あっち、行こうぜ。」 生来は、もう、ただこの場から消え去りたくなってしまった。 一同、学長の家とは逆の方向へと歩き始め、写真を撮ったり、走ったり、波で遊んだり、生来達は、高校生らしく海での時間を過ごした。 「なんか、先生達だけずるいから、夏になったら、海で花火しようよ。」 海岸でシーグラスを探していた本間が、立ち止まり、振り返った。波が足下まで伸びてくる。 「それまでに、私も彼氏作って、連れてくるね~。堀口先生には負けらんないわ。」 とふざけた口調で二宮が言った。 「俺でいいじゃん」 と佐藤が言い、その場の雰囲気が和んだ。 生来は駅でみんなと別れ、1人坂道を歩く。脳裏から菅野と堀口の姿が離れない。悲しい、辛い、会いたい。いろんな感情が入り乱れ、生来はどっと疲れてしまったが、このまま、家に帰る気にもなれずにいた。
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