過ちかもしれない

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過ちかもしれない

強い日差しが家のそこかしこから差し込んできて、もう、昼頃だと分かった。昨夜は、激しい衝動に流されカーテンを閉めるどころではなかった。 充満した男の香りが漂う部屋で、菅野は眠りから覚めた。布団には、一糸纏わない生来がすやすやと眠り、その愛おしい横顔をみた。菅野のメガネは、生来に外されたままの状態であったので、裸眼では、顔がぼんやりとしか見えなかったが、なまめかしい生来の姿が、まるで幻影のようだった。「これから、どうすれば、いいのか。生来を苦しいくらい、欲している自分がいる。こんな気持ちは、もう二度とないと思うほど、狂おしいくらい想っている。大切過ぎるからこそ、生来のことを真剣に考えないといけない。」菅野の心がキリキリと痛んだ。あんなに満たされた夜を過ごしたのに、もう、遠い・・・ 「菅野先生、おはよう。」 まだ、寝ぼけ顔の生来のまなざしが、菅野を捕らえると、その表情に寂しげな憂いが浮かんでいて、瞬間、生来は不安になり、必死で彼の唇にキスをしたが、決して、菅野から、同じ想いの熱情が返ってくることはなかった。 「先生、俺とこうなったこと、後悔してるんだ。」 今にも泣きだしそうな生来の目が菅野を責めた。 「違うよ。後悔はしてない。誓うよ。」 「じゃ、なんで、そんな顔してるんだよ。俺は、すごい、幸せだよ、今。先生は、違うの?」 菅野は、この状況から目をそらしたいがため、そばに落ちていた服に手を伸ばし、掴み、それを、生来のあらわになっていた体にかけてやった。 突き放す気はなかった。できるだけ傷つけたくなかったし、この若い男の人生に暗い影を落とすことなく、男同士の一夜の戯れであったと思わせた方が良いと思った。生来には未来がある。素晴らしい女性と結婚して、家族を持ち、代々、引き継がれてきた産婦人科を営まなければならない役目がある。このまま、自分といても、生来の足かせとなるしかないことは容易に想像できた。 「生来、今は一時の感情で、いいかもしれないけど、二人の未来は明るいものではないと思うんだ。俺、お前には普通に幸せになってほしい。だから、俺のことは、心に閉まっておいてほしい。俺もずっと忘れないから。本当にごめん。」 菅野は、自分の気持ちを伝えながら、溢れだしそうな涙を堪えていた。生来の目からはぽろぽろと涙の粒が落ち、長い豊かなまつげを濡らしていた。男二人、まるで悲しい物語を聞く子どものようだった。しばらくの静寂の後、生来が口を開いた。 「普通の幸せってなんだよ。勝手に決めんなよ。この先のことは、分からないよ。どうなるかなんて。セフレでもいい。割り切った関係でいいから、そばにいさせて。」 そう言うと、生来は、菅野の上に乗り、両手で顔を包み込み、キスをしてきた。この愛しい男を押し返す術があれば、菅野は知りたかった。 残りのゴールデンウィークも生来は菅野と一緒に居た。着替えなど取りに自宅へは戻ったが、一時でも離れると、もう、この関係がなかったことになりそうで、怖かった。母には、菅野の家に居ることは伝えていたので、特に問題はなかった。 母は、菅野に夢中になりすぎている息子が少し気にはかかっていた。「菅野先生に迷惑がかかってなければいいのだけど。」まるで熱に浮かされているような息子を心配していた。 朝から降りだした雨で、外はしっとりと水分を帯びていた。結局、菅野と生来のこれからについては答えが出せず、何処に行くこともない二人は残りの休み中、身体を求めあって過ごしていた。 普通の恋人同士なら、デートするにも困らないが、二人と言えば、男同士、更に言えば、教師と生徒であったから、人の目が憚れた。妖しげな関係というのは秘めても、醸し出されてしまうものである。 生来が女子なら、こんな肉体だけを欲し合う過ごし方に不満を感じていたかもしれないが、彼は十代男子で存分に性の欲求にのめり込んでいた。 「先生、大好きだよ。」 先日、離れることを決めた菅野だったのに、こうして、生来に溺れ、受け入れててしまう。菅野はつくづく、自分が教師に向いてない、最低な人間だと感じ、背徳行為に堕ちていった・・・
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