ちこく裁判

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   黒くあたたかいまどろみの中を、幸せな気分でたゆたっていた。  と、遠くから声が聞こえる。 「朝ですよ、起きてください」  ああ、いつもの優しい声。妻の声だ。  でも体が反応しない。最近仕事が忙しく疲労が溜まっているのだ。 「まあ、早く起きなさいな仕事に遅れますよ」 「うーん。あと五分だけ」 「あらあら、起きないわ。そういえばこの頃残業続きで疲れていたものね。しょうがないあと五分だけよ」  そう言い残して離れていく足音。    再びまどろみの闇の中に沈み込んでいく。   「起きて、起きてください」  うーん。もう五分経ったのか、仕方ない。思い切って目を開く。  と、見慣れぬ殺風景な部屋で椅子に座っていた。 「まったく、人の姿を見て気絶するなんて失礼ですねえ」  声がした方に目をやると、赤く恐ろしい形相をした鬼が私を睨んでいた。 「ば、化け物」と思わず口をつく。 「おやおや、今度はお世辞ですか、褒めても何も出ませんよ」 『化け物』が褒め言葉なのか、やれやれ。と思いつつ、鬼のくせに敬語なところがインテリヤクザのようで妙に凄みがあった。   「ここはどこだ、私に何をする気だ?」と恐れを隠して訊いてみた。 「ここは地獄の裁判所です。あなたはこれから二度寝で遅刻の罪で裁かれるのですよ。ふふふ」   「二度寝? 遅刻?」 「そう、あなたは遅刻して仕事に穴を空けたのです。まだ思い出せませんか?」  そういわれてみると、そんな気がしてくる。   「まあ、どんな言い訳をしようがすべて証拠は挙がってますからね。罪状はどうなるんでしょう? 血の池地獄か、針の山か、シンプルに炎であぶられ続けるというのも乙なものですねえ」  そ、そんな……と血の気が引いて絶句したところに遠くから。 「起きてください。早く。遅刻しますよ」  という声。そして再び暗闇が降りてくる。   「もう五分経ちましたよ」  ん? おそるおそる目を開けるといつものベッドに寝ている自分。カーテンから差し込む朝の光。どうやら夢を見ていたようだ。  そして傍に立つ妻が言った。 「もう、いい大人なんですからシャキッとしてくださいね。遅刻なんてダメですよ、閻魔大王さま」
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