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その日はラストまで割と元気だったので、勉強も兼ねて店が終わってから新地開拓したバーでちびちび飲んでいた。
こうしてたまに一人で同業を巡るのが息抜きだった。
その店は外国人も多く、陽の営むオーセンティックバーより若干値段設定はカジュアルで、照明も明るくて活気があった。
「あれ? 月下香のマスターさん?」
カウンターの横端を見ると吉見を連れてきたスーツ男がいた。
「陽です。えっと…」
「石本明」
「石本さん。ご無沙汰してます」
「服が違うとかなり幼く見えるね。もしかしてと思ったけど声かけてよかった。隣座っていい?」
テキトーに一人で飲みたかったのにな、という不満は隠して愛想笑いをする。
「どうぞ。石本さんこそ、こういう店も来るんですね」
「だってここ、俺の店だから」
「ああ、なる」
そういえば同業者だと言っていたことを思い出す。くだけた口のきき方は就業時間じゃないから許して欲しい。
「陽くんあれから連絡ないんだもん、名刺渡したのに」
「石本さんこそ、うちの店来てくれないじゃないですか、待ってたんですよ」
甘えた声を出すと気を良くしてへらっと笑う。いつもの回避パターン、成功。
「ごめんごめん、最近忙しくてさ。うちのカフェ顔出すと君のこと思い出すんだけど、寄る時は大抵昼間だから、なかなか店開いてる時間に合わなくて」
「あのカフェ、通るといつも人いっぱいいますよ」
「おかげさまで。吉見さん効果だなー」
しみじみ言いながら石本はグラスを傾けた。
「やっぱそうなんですか?」
「ああ。絵本が爆発的に売れてから、若い女子たちにも人気なんだよ。画風、可愛いだろ?」
「独特ですよね。ていうかあの人自体が、かなり不思議ですよ」
「わかるわかる。ぽやーんとして世間慣れしてなさそうなのに、得体が知れないっていうか」
「なんかクラゲみたいな人ですよね。ぷかぷか浮いてるだけかと思うと腹から隠し持った針出して、刺してくるんですよ」
「クラゲかあ、言い得て妙だな」
ツボに入ったらしく、くくくと石本は笑う。
「吉見さんとよく会ったりするの?」
「まあ、たまに」
言葉を濁した。あれから頻繁に会っていて、しかも陽の方から一方的に吉見宅に訪問しているとは言いづらい。
そういえば、と前回吉見に言われた言葉を思い出す。
自分は、寂しがっているように見えるのだろうか。
いや、もしかして吉見が鋭いんじゃなくて、単に自覚がないだけで自分が寂しいオーラをまき散らしているだけの可能性はないだろうか。だとしたらとんだ失態だ、今すぐ改善せねば。
「石本さん。俺って、どんな風に見えます?」
「どうしたの、いきなり」
「沢山店経営してる成功者って、洞察が優れてるって言うじゃないですか。俺のことも当ててみてくださいよ」
「そうだなあ。話してる限り君はコミュニケーション力は相当高いよね。その歳でマスターとして一つのお店任されてるだけある」
「うんうん」
「それから近寄りがたいくらい綺麗なその容姿のおかげで小さい頃からなんでも上手くいったんじゃない? だから、自立する能力が伸びた。こんな店にも物怖じせずに一人でふらっとくるくらいだし、単独で行動することに慣れている」
「すごい、当たってます」
大げさに陽は手を叩いた。
「たまに女性でも結婚なんてしたくない、一人で全然苦じゃないって豪語するタイプがいるじゃない。君は男でそのタイプなんじゃないかな。精神的に強くって、別に隣に誰かいなくても一匹狼は気楽でいいやって思ってる」
「さすがですね」
ああ、よかった。陽は石本の見解を聞いて安堵した。ほら、全然寂しがりなんかに見えてないじゃないか。
それから、またむくむくと湧いてきたのは吉見に対する怒りだった。こんな、何店舗もオープンさせて人をいっぱい見てきているはずの男でさえ陽のことを一匹狼だと評価するのに、寂しがり屋なんて心外にもほどがある。
陽は残りのグラスを一気に空けて、席を立った。
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