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たどり着いたのは自分のマンションではなく、吉見の家の玄関前だった。
「おおおーい」
ブザー音をいつものように二度鳴らそうと右手を挙げると、急に酔いが回ってきて座り込んだ。
スマホの時計を見ると朝の四時だった。ここにたどり着くまでには怒鳴り込む気満々だったのに、四という数字を見たら途端に我に返った。いくらなんでも非常識過ぎる。しかし起き上がろうとしても目の前がくらんでしまい今度は横になった。
まあいい、気づかれずに少しここでうずくまって、少し回復したら帰ろう。寒いしそのうち酔いも覚めるだろう。
コンクリートに頭を預けていたら、中から足音がして磨りガラス越しに玄関のライトが点灯した。
がらっと引き戸が開けられる。
「えっ…陽さん?」
びっくりした声の吉見に上半身を起こされる。
「どうしたんですか? …相当酔ってますね?」
「酔って、ない」
「はいはい。とりあえず一旦家に入りましょう」
「いいっ。帰る…」
全力で抵抗したつもりが、全然力が入らない。
「無理ですよ。ほら、腕かしてください」
言うことを聞かないで壊れた人形のようにだらんと体重を地面に預けたままの全身だったが、ふいにふわりと浮いた気がした。視界の位置が高い。子供のように抱きかかえられていたからだ。
そしてあっという間にリビングのソファに寝かせられる。
「俺は、強いから、冬に外で寝てられる」
一言一言、言い聞かせるように発声する。
「だめですよ、寒いでしょう?」
「寒くない。強いから。石本さんは、俺のこと強いって言った」
「…うん? 石本さんと会ったんですか?」
「だから、俺のこと寂しがりなんて言うのは、あんただけだ。みんな俺のことを強いって言う」
「そうでしたか」
困り顔が、非常にむかつく。
「酔っ払いの対応、すんじゃねえ」
「すみません」
むかつくのだけれど、不思議なことにこの男のことを嫌いじゃないと思っている。そうか、むかつくと嫌いは直結しないのか。
でもなぜかはわからない。そんなことをとりとめもなく考えているうちに、意識が遠のいていった。
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