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 陽はエスカレーターを十階から早足でずんずん降りた。  ポケットの中でパンフレットがぐしゃぐしゃに握られている。  はいはいはいはい、あーもう嫌んなっちゃうな。  何あのまごう事なきペア感。めちゃくちゃお似合いじゃん。  舞浜でいうネズミ(♂)とネズミ(♀)だよ、イマジンなジョンとヨーコだよ、育成シュミレーションゲームで野菜育ててる村の住人だよ、こっち画素数違いすぎるわ、サバイバルゲームの世界線だっつうの。  男女の隔たりを差し引いても絶対俺の方がカースト上位に決まってる、何一つ外見では俺に勝ってないくせに、と毒づきながらも陽は同時に壮絶な敗北感に打ちひしがれた。  バカじゃん、俺。  九年付き合っていて、あんなに外見が合致するほど共通の世界観を持ち合わせていて、その上同業で、仕事だってきっと互いに刺激し合って切磋琢磨しているに違いない。それに加えて結婚の約束。  長い月日を経て築き上げられた吉見と明理の信頼関係の中で陽の入る隙なんて最初からこれっぽっちも用意されてなかったのだ。  なんで吉見に相手されている気になってたんだろう。なんでちょっとでも押したらいけると思っていたんだろう。 「いいなあ…」  口から漏れた自分の言葉に反発する。  いいって、何が? 吉見が? 明理が?   寒空の下で帰り道はもう暗い。  クリスマスなんてまだだいぶ先なのに、ハロウィンが終るや否やすぐさまイルミネーションは準備万端に街を照らしてくる。ベビーカーを引くお母さん、寄り添って歩く若い恋人たち、手を引き合う老夫婦。  この空間を埋めるみんなが、誰かの大切な何かだ。  なーんだ、俺だけ一人なんじゃん、と唐突に陽は悟った。  悟ってから、打ち付けられたように愕然とした。  こんなやるせ無い気分に陥るのは初めてだった。  そして自分が今まで他人を推し量ってきたものさしが、とても陳腐なものに見えた。その天秤に二人を乗せたところで、積み上げた信頼関係の深さや重さを陽が推し量ることはできない。そんな無意味な道具でも、自分に持たされたのはそれだけだった。それ以外に世界や自分自身を見極める方法なんて習ってない。そのことがまた二重に陽を殺伐とさせた。  その後、吉見の家に足を運ぶことはなくなった。
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