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 朝方起きると、手を陽の頭に乗せたままの吉見が座って寝ていた。  伸ばした腕に突っ伏しているせいで形の良い鼻が歪んでいて間抜けだ。まつ毛が一本一本切れ長の、今は閉じられたまぶたに沿って綺麗に生えている。あのままずっと撫でていてくれたんだろうか。そう思うとぎゅっと胃の上あたりが一度縮んだ。そして弛緩したその中から湧きあがってきたのは、祈りに近い切望だった。  あーあ、これ欲しいなあ。  咄嗟に心に出てきた感情を、陽は素直に受け止めた。  友達なんかじゃ嫌だ、と髪を撫でられながら思った。しゅるしゅる糸を簡単に解いていくように心を見抜かれ、虚勢を暴かれ、気づけば全てをさらけ出していた。人に見せたら嫌われるんじゃないかと危惧していた弱い部分を吉見は認め、軽蔑しないと言ってくれた。  吉見が、好きだった。  出会って、憎くてでも触れたくて、そして一人を孤独だとより一層感じるようになったのは、吉見のことが好きだったからだ。 『俺フランス人だから』なんて茶化したりして、今までは束縛するのもされるのも大嫌いだったくせに、吉見が何をしているかを逐一知っていたい。自分以外の誰かといるところを想像しただけで、途端に落ちつかなくなる。だからこそ連絡先を交換したくない。吉見と繋がる術を知ってしまったら、拒まない男につけ込んでむやみに連絡してしまいそうだった。そして吉見の心を独占できる明理を心の底から今、羨ましいと思っている。紛れもない嫉妬だった。  だからこそ、優しい吉見にこれ以上踏み込んではいけない。好きだと自覚しているからこそ、『友達』でいられる適切な距離を見つけなければいけない。  吉見を起こさないようにそっと身動いでソファから立ち上がった。  コートのフードを深くかぶって外に出るとあたりは薄暗く、昨日のなごりをいびつに繋ぎ合わせていた。  吉見が、やがて差し込む朝日に邪魔される事なくこのまま眠り続けてたらいいのにと願った。  日が昇って今日が始まってしまったら、吉見は明理のものになる。魔法が解けて、さっきまでの濃密な時間はぱっと散ってしまうだろう。でも、たったさっきまで見ていた寝顔や関節がゴツゴツした長い指、生え際のうねり癖がある髪を独占していたのは、あの瞬間だけは、確かに陽だけだったと思えた。  遠くに感じる今日の気配をかき消すように陽は足を早める。
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