エピローグ

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エピローグ

 余韻が残るシーツの中で二人まどろみながら、どちらからともなくキスを繰り返したり他愛もないおしゃべりをする。  そんなちょっと前までは無意味だと思っていた時間にさえ名前がある理由に、陽は初めて納得する。意味のないさえずりあいが、心をほころばせる。 「そういえば、今年の個展はやっぱりやんないの?」 「そうですね、会場もキャンセルしてしまいましたし」 「そっか…」  大いに責任を感じるが、からかうように吉見が影を指した陽の頬をつねる。 「大丈夫です、来年にはちゃんと開催する予定ですから。あと、現在計画してることを実行するには、来年の方が丁度いいんです」 「一年かけて?」 「そうです」 「なんか大変そうだな」 「僕はそれほど。どちらかと言うと陽さんの方が大変かもしれないですね」 「…え?」  不穏な宣言をする吉見は面白そうに笑っている。 「今は、卵の陽さんを温めてるとこなので、羽化から育てていく成長記録を、絵に残していこうかと」 「なんだそれ。ただの観察日記じゃん」  恥ずかしすぎてそんな個展開催された日には行けやしない。でも、それが大切な吉見の活動内容だとしたら無下にやめろとは言えないのが悩ましいところだ。全く新しい局面を見せる吉見の作品が、二人の始まりでもある。世間にどう評価されるのか、吉見なら心配ないと思う反面、やっぱり気になってしまうのはもう他人事ではないから。  こんな風に自分が人のことを案ずる日が来るなんて、なんだか恥ずかしいようなくすぐったいような、なんとも表現できない気持ちだ。 「そうなんです。だから僕が、陽さんのどんな変化も見落とさないようにゆっくりゆっくり成長してくださいね」  吉見に念を押すように陽の頭を引き寄せられると、額にキスが落とされた。  その甘さに、酔いにも似ためまいを感じて陽はぎゅっと目を閉じる。  この人の、かけがえのない大切な何かになれるだろうか。なれたらいいな。  それは陽の中で初めて生まれた、希望に似た小さな願いだった。
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