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「あ、ありがとうございます」  素朴な格好に不釣り合いな、出来の良い容姿と言えた。  瞳は大きく、そして目尻が下がっているから一重なのに懇篤な印象だ。その上の眉毛がハの字に設置されているせいかもしれない。口はちょっとむすんだだけで口角が上がっているから、真顔でも微笑んで見えるお得な基本設定だ。スーツ男のように着飾っていない分だけ余計に、手の加わらない原型の良さが目立つ。顔面点だけで軽く九十といったところだ。  オーセンティックバーなんかに来店する客は気取った奴かもしくは気取ろうとしている奴が多いから、陽は場数を踏んでなさそうな、そしてそれを隠しもしない男を新鮮な面持ちで接客する。 「ご注文は?」 「あ、えっと…何がお薦めですか?」 「甘いお酒と辛いお酒どちらが好みですか?」 「甘すぎるのはちょっと苦手です」 「お酒はお強い方ですか?」 「普通…だと思います。あ、でも今日はこの後予定があるので弱めがいいです」  まだ七時前だから会食か何かだろうか。まさか合コンではあるまい。  そう言えばスーツ男との関係性がまだ謎だ。片方は敬語で片方は上からのタメ口、友達には到底見えない。  上司と部下でもなさそうだし、とすればビジネスパートナーあたりか。 「甘すぎない、弱めのお酒ですね。ちなみに、スパイスの効いたチャイやハーブティーなどはお飲みになりますか?」 「どちらも好きです」 「かしこまりました」  陽はスイートベルモットにカンパリとソーダを加え、最後にオレンジではなくレモンを添える。 「アメリカーノか」  スーツ男が面白げに顎を撫でる。 「あ、飲みやすい」  緊張の色を映していた顔が少しほころぶ。目尻が下がると男はぐっと可愛らしい印象になる。 「スイートベルモットはワインベースにハーブやスパイスを加えたイタリアのリキュールです。本場では、ロックで食前酒としても飲まれるので夜の始まりには最適なカクテルです」  イタリア人が大味のアメリカ人を指して「お前らカンパリなんて苦くて飲めねえだろ」という嘲笑から名付けられたカクテルでもあり、陽なりに新参者に込めた皮肉は胸に留めておく。 「確かに、パーティの前祝いにはもってこいだな」 「パーティ?」  聞きなれぬ華やかな響きに、陽は首をかしげる。 「そう。俺はもともと飲食関係のオーナーなんだけど、今回新コンセプトでカフェレストランを手がけてね。そこに飾る絵を、全部こっちの吉見さんにお願いしたんだよ。今日はこれからそこのプレオープンパーティ」 「そうでしたか」  陽のスーツ男に対しての読みはおおよそ該当したが、人ごとのように会話に入らずちびちびクラスを傾けている男の職業までは当てられなかった。 「大通りにホテルが建っただろう。あそこの一階に、明後日からグランドオープンする」  そのホテルから角を曲がって十分ほど歩くと陽の店に着く。客層も営業時間も大して被らないから気にもとめていなかったがそういえば随分長い間工事しているなとは思っていた。 「ということは、画家の方でいらっしゃいましたか」 「いえ、そんな大層なものではないです、決して」  華やかな営業スマイルに驚嘆を交えると吉見と紹介された男は苦笑しながら大きく両手を振った。  滅相もございませんと言う素振りから、これは『素人に毛の生えた売れない貧乏作家パトロンに養われる』の図かなと予想する。  なるほど腰の低さもそれなら頷ける。 「こんな感じだから今日のパーティも行きたくないってごねられてね。吉見さんの絵先行で全部内装してるわけだから、完成披露に本人来ないわけにはいかないだろ?」 「確かに、そうですね」  そりゃあ自分の実力思い知ってたら行きたくないわな。  意地悪な心のつぶやきはそっと使い終わったビーフィーターと共に冷凍庫の奥へ押し込んだ。
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