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「どうにか引き摺り出せんかなって目玉に吉見さんのライブペインティング企画ドッキングさせてようやく釣ったんだよ。で、景気付けの一杯にここ使わせてもらったわけ」  山籠りのクマみたいな言いぐさに申し訳ないが笑ってしまう。 「では私も、画家先生を引っ張り出した共犯者ですね」 「ははは、その通り」  豪快に笑うスーツ男の向かいで、陽は舌打ちしたい気持ちにかられる。  アーティストには二パターンいる。  富と名声を物にするのが何よりの活動目的で創作意欲の根源になるタイプか、もしくは社会的尺度を度外視して自分のやりたいことをひたすら突き詰めていくタイプか。言うまでもなく後者は一番厄介で陽の苦手とする対象。  独自の世界観が偏っているのでリサーチに手間がかかるし、陽が武器とする美貌や策略も通用しにくい。そして素朴男は後者な気がした。  パーティの規模は知らないが、主役級の重要人物であるのに服装が軽装すぎるのが良い証拠だ。 「そうだ、君も来るか? 俺が計らっといてあげるよ」 「いえ、私は店がありますので」 「今日は客が帰るまで開催する予定だから、閉店してからでもまだダラダラ飲んでるかもしれない。元気だったら帰りに覗いてみてよ」 「ありがとうございます。では共犯の罪滅ぼしと吉見様の門出を祝いまして、私からも」 「あ、お酒はもう…」 「ご心配なく、カクテルではございませんよ」  バックバーの片隅にひっそりと飾ってあるチューベルローズを一輪抜き取ると、特に綺麗に咲いたものを選んで、茎から数センチ残したら頭部を切り取る。契約している花屋から開店前に仕入れたのでまだ水々しく、芳醇な香りを放っている。 「胸を、お借りしますね」  陽は踏み台に立つと吉見の背中を持ってカウンターにぐいと寄せる。距離が急に近くなって、吉見の顔がパッと紅潮した。おや、と陽は訝る。  意外と俺、ありだったりして?  花を吉見の左胸元に当てて首元からニットの中にもう片方の手を突っ込むと顔の発色レベルは最高潮に達し、オロオロと泳いだ目が俯く。  陽の手元を見るのも恥ずかしいらしく、首を反対方向に曲げている。あからさまに困惑した反応は陽の気分を良くさせた。  芸術さえあれば他はどうでも良い、という極端な性格でもないらしい。  ニットの裏からピンで少し斜めに花を止める。仕上げに整えると深緑に白のアクセントが映える、小粋なフラワーチーフとなった。 「これで立派な主賓になりました」 「あ、ありがとうございます。とても綺麗なお花なのに、もったいない」 「いいんですよ」 「よかったな吉見大先生。さて、君のシェイクが見たいところだが、時間だからそろそろ行こうかな」 「またいつでもお作りいたしますよ」 「ああ、良い店だった。今度はプライベートでゆっくり来るよ」  スーツ男がスライドさせた名刺を受け取る時、かすかに指先が触れたが陽の触手は伸びなかった。  それよりも、胸元の花を気にしてかするこのくそ寒い中コートをわざわざ手に引っ掛けたまま退店した素朴男が無性に気になった。
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