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時計が十一時の鐘を打つ手前、客が途切れたのを良いことに陽は携帯で『よしみ 画家』と検索をかけてみる。
すると吉見弘貴という人物がすぐにヒットした。
写真をタップすると間違いない、夕方来店したあの男だった。
プロフィールには名前と出身地、経歴には何年何とかかんとか受賞、とタイトルが多く載っているがそれらがどれだけの程なのかは陽には検討もつかない。
年齢は陽より四つ年上の今年三十一歳。しかしスクロールした先に表われた意外すぎる本人の作品に陽は目を見張った。
まず目につくのは背景の豊かな色彩。柔らかいグリーンや黄色、ピンクなどパステル調の多彩な色が上手く混ざりながら境界線は滲んでいて万華鏡のような鮮やかさがある。
中心のモチーフは全て動物。
一匹のヒツジが本を読んでいたり、二匹のペンギンが食卓を囲んでいたり、三匹のシロクマがトリオで楽器を弾いていたり、どれもわかりやすく、明るくて心が温かくなるような絵が何枚も並んでいた。アートにありがちな政治批判や反社会的メタファーなど不穏な要素は一つも見当たらない。
続けて作家情報に目を通す。定期ペースで個展を開き、本の装丁も手がけ作品は全国の百貨店でも取り扱っている。さらにオーダー発注も受け付け可、とのことで依頼フォームを開いてみるとA4サイズが一枚、
「に、二年まちぃいい?!」
ミシュランの名店フレンチかよ。なんなんだ、めちゃくちゃ有名人なんじゃないか、と思ってからムカムカしてきた。
何が大層なもんじゃない、だ。十分ご立派な作家先生だろうがよ。そしてトドメのこの作風。
花に似せた卑猥な女性ヌードだの絵の具をチューブから叩きつけただけの抽象画だのベッドで血まみれにくくりつけられた赤ん坊だの描いててくれた方が、はいはいアーティストですねすごいですね、とまだそれなりに納得できた。でも、なんだよこれ。どんな表情してこんな幸せそうな動物たちばっかアホみたいに描くんだよ。不幸とか悲しさとか焦りとかやるせなさとか、お前の人生には存在しないのかよ。
何もわかりませんみたいに、頬染めやがって。
「くそ…」
どうせ火曜日で客足は少ない。
次の客が来る前にさっさとクローズの看板を掲げ、私服に着替えたら陽は店を出た。
あいつ、絶対落としてやる。
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