星を呼ぶ歌

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星を呼ぶ歌

 夢のような光景だった。  橙色の街の灯りが逃げ出したかのように、街の中心部より尾を引きながら、金色(こんじき)の星々が天に昇っていく。  間抜けのように口をぽっかり開けて、ハイゼは自室の窓辺に体重を乗せ、光の逆滝(さかたき)に見入っていた。天に昇る光は雲に到達すると、まるで雷のように、暗灰色の霞を内側から光らせる。雷と違うのは、光は一瞬閃くのではなくそこに留まり、空を明るく煌めかせているのだった。  黄金と白銀の入り混じった光の雲は、夜の間じゅう街の上空に留まり、ルシオラの街に光と影を落とした。美しい光景を喜ぶ者はしかし少なく、怒声の飛び交う夜を、ハイゼは布団を頭までかぶることで何とかやり過ごした。  星が昇った日の、その前日の話である。ハイゼは丘の上で、いつものように古びたトランペットを吹いていた。  西の空を染めていた茜色はその領域を次第に狭め、あとから台頭するのは夜の濃紺である。ハイゼはもうすっかりやる気を失っていて、手に持った金管楽器から放たれるのも、そのやる気の無さを如実に表した間抜けな音だけだった。 (どうせ、練習したって意味がないし)  投げやりな気持ちで楽器を下ろし、帰り支度をする。遮るもののない丘は気持ちよく練習をするのに最適で、いつもなら頭上に星が瞬き始めても、ハイゼの母親が呼びに来るまで練習をやめないのだ。  しかし今日ばかりは、ハイゼは何ものにも耐えられなかった。夕日が落ちて暗くなることにも、夜風が冷たくなっていくことにも、自分の演奏が誰にも認められないことにも、全く耐えられなかった。  楽器ケースを下げて街道へ出ようとしたとき、水銀燈の灯りの中に幾つかの人影が見えた。よく見知った――今のハイゼが最も会いたくない人物だ。 「きっとノーラが選ばれるわよ。だってノーラは頭が良いし、才能もあるし……」  何人かの女友達に囲まれて歩くノーラの、金の髪が煌めいている。ハイゼは気配を殺して彼女を見送った。宵口の薄闇は、ハイゼの姿を上手く隠してくれる。髪が黒いことも幸いしたのかも知れない。ハイゼは誰にも気付かれることなく、やがて人の気配が完全になくなるまで、暗い小道にひっそりと佇んでいた。  明日、一年に一度の祭り――「つゆ落とし」が行なわれる。この日に向けて醸造した酒に火入れをし、これに七日かけて集めた光露(こうろ)を混ぜ合わせる。  光露とは、ミトラという微小生物の混じった発光性の液体だ。微小でもなく発光もしないミトラも存在するらしいが、少なくともハイゼはそういったミトラを生まれてこの方一度も見たことがなかった。よってハイゼの認識としては、ミトラという生き物は微小だし、発光するものである。  ――ともかく、そうして出来上がった光露酒(こうろしゅ)は、その味もさることながら、暗闇で仄かに光る美しさから、街の特産品として愛されている。つゆ落としはその光露酒の完成と出荷を祝う、一年に一度の大切な祭りなのだ。  そしてもうひとつ、つゆ落としの夜は重大なイベントがある。神都へ留学する奨学生の発表だ。  商業、芸術、学問、その他、人心を惹き付ける一切のもの――そういったものが集中するのが、この国の首都、すなわち神都だ。この辺りの街では、人口の流出――とりわけ若い労働人口の減少を防ぐため、神都への移住は厳しく制限されている。しかしある規定された世代のうちから選ばれた一名のみが、奨学生として神都の寄宿学校へ通うことを許されるのだ。  選別の基準は多岐に渡る。単純に学業成績が優秀である者だったり、あるいは何らかの一芸に秀でている者が選抜される。それは何より栄誉なことなのだ。  ハイゼはいつも夢見ていた。トランペット奏者として認められ、奨学生として神都に渡り、洗練された芸術に触れ、よりいっそう音楽家としての腕を磨いていく自分。けれどそれは、しょせんは夢想に過ぎない。ノーラがいる限り、ハイゼが奨学生に選ばれないことは明白だった。  ノーラは賢い少女だ。学校の成績はハイゼと同じくらい――つまりトップレベルである。ハイゼと決定的に違うのは、彼女はよく気が利くし明るく社交的だが、ハイゼはちょうどその真逆の性格をしているという点だ。そういった人好きのする部分も、選考には大きく響いてくる。  しかしそれ以上に決定的なのは、ノーラが得意としている「一芸」が、建築美術ということだった。  ルシオラの街は数十年前に著名な建築家を排出した街で、しかし彼が夭折(ようせつ)したのちは、いまいちぱっとしない建築家しか表れなかった。それがノーラは、建築方面でも美術方面でも卓越した才能を発揮し、神都に出るまでもなくいくつかのコンペティションで優秀な成績をおさめていた。 (それに比べて、僕のトランペットが何だっていうんだ?)  めくりすぎて擦り切れた楽譜を眺めながら、ハイゼは唇を噛んだ。  音楽など、建築に比べたら一体何の役に立つというのか。ハイゼは説得力のある答えを見付けられずにいたし、それにノーラと違って、ハイゼは公的なコンクールやコンテストで結果を出したことがなかった。それは明確な「敗北」だ。よく分かっていた。  だからこそハイゼは願った。理屈など一切抜きにして、理不尽な願いを抱いた。どうか、つゆ落としのお祭りがなくなってしまいますように。どうか、神都に奨学生を送るなんて、そんなことも一切なくなってしまいますように。  叶うはずがないからこそ願える、子供じみた祈りだった。それが、まさか叶ってしまうとは、夢にも思っていなかった。 「……事故だよ、事故。光露を貯めてたタンクが劣化してるのに、誰も気付かなかったんだ。タンクの底が抜けて……」  門番の男が、旅人らしい三人組に話している。夜を彩った光の逆滝(さかたき)は、つまり街で貯蔵していた光露の一切が漏れ出し、空に溢れかえったせいだったらしい。ちらりと上空を見れば、昼間の明るさに気圧されて目立たなくなってはいるものの、まだ光の雲がゆったりと漂っている。 「参ったよ。神都に輸出する光露酒も作れないし、そうなると街の収入ががっくり減るし……」  家業の手伝い――牛乳を詰める瓶を綺麗に洗う作業――をしながら、ハイゼの心臓は暴れていた。いつだったか酷い冷夏の年に、酒を仕込むための穀物が全く採れず、食糧不足の影響もあって街の財政が逼迫(ひっぱく)し、その年は留学自体が中止になったと聞いたことがある。  光露酒が街に(もたら)す利益は相当のもので、それが一切得られないとしたら、もしかして……。 (なぜだろう。嬉しくない……)  牛乳瓶を洗う手は完全に止まり、ハイゼはぼうっと門番の声を聞いていた。 「全くミトラの奴ら、何もあんな高くまで昇ることないやな。どうにかあれを降ろして来られりゃ、まだ何とかなると思うんだがねえ」  ハイゼの手から瓶が落ちた。あっと小さな声を上げ、ハイゼは慌てて立ち上がって転がった瓶を追う。瓶は道の半ばまで逃げていくと、門番から話を聞いていた旅人の、埃をかぶった靴にぶつかって止まった。  旅人は屈んで瓶を拾い、ハイゼに手渡す。ありがとう、と礼を言おうとして、ハイゼはギョッと身を引いた。旅人の顔には大きな青い痣と、横一文字の切り傷がある。 「あ、すみません」  何も悪いことなどしていないのに、旅人は気弱そうに誤った。彼の背後にいる連れらしい二人が、ちょっと気に障ったように顔をしかめる。それでハイゼも、自分がとても失礼な態度を取ってしまったことに気が付いた。慌てて謝罪すると、傷と痣の男は困ったようにはにかんだ。よく見れば旅人は善良そうな顔付きをしており、ハイゼの態度も何ら気にしていないようだった。 「ハイゼか。大変なことになったね」  顔見知りの門番がハイゼに気が付き、気遣った言葉をかけてくる。「それに、ノーラも」  僕が選ばれるなんて、少しも思っていないくせに。捻くれた返答は胸の内にしまっておいて、ハイゼは「そうですね」と無難に返す。会話の意味を問う旅人に、門番は奨学生について簡単に説明をした。 「神都に留学すれば、そりゃあ立派な人物になって帰ってくるものだ。もし留学が差し止めになるなら、本当に残念なことさ」  やや大げさな調子で嘆いてみせる門番に、「上空のミトラを集められたら、何とかなるんですか」と問うのは旅人だ。「それなら、出来るかも」  痣の旅人はおもむろにハイゼに近寄ると、肩の辺りを指で触った。 「きみの周りに、ミトラが集まってるんだ」  信じられないことに――門番の男も信じなかったが――痣の旅人は、ミトラの言葉が理解出来るのだという。あんな小さな生き物が言葉を話すというのも、ハイゼには信じられなかった。その上、それが理解出来るだなんて。  しかし彼の能力は本物らしく、その日のうちに街の首長と会い、自分が発光性ミトラを集め直すと約束し、再びハイゼの元に表れた。連れの二人はどうしたのかと問うと、宿で留守番をしているのだという。「こういうのは俺の役割だから」と、彼は控えめに笑った。  旅人は、名前をレイヤといった。レイヤはハイゼに「ちょっとごめんね」と断ってから、ハイゼの肩や髪や腕に触った。 「うん、やっぱりミトラが集まってる。数が少ないから光も弱くて見えないけど……ハイゼくん、ミトラに好かれるような心当たりはない?」 「心当たりって、例えばどんな?」 「……おやつを分けてあげたことがある、とか」  犬猫じゃあるまいし、とハイゼは呆れた声を出した。目に見えないほど微小な生き物に、そこまで親密に接した経験などあるわけもない。 「もう、行っていいですか。もうすぐ練習の時間なんで」 「練習って、何の?」 「トランペット。知ってます? 楽器なんだけど……」  頷いた旅人、レイヤの瞳がきらりと光った。「ちょっと、もう一回、ごめんね」と重ねて断り、レイヤはハイゼの肩口に顔を寄せる。予想のつかない行動に慌てるハイゼに、レイヤは指を唇にあてて「静かに」のポーズを取った。 「……うん。うん。あっごめん、もう一回言ってくれる? ……うん、ありがとう。そっか、そうなんだ。分かった。じゃあ、宜しくね」  長い独り言ののち、レイヤはようやく顔を上げた。痣と傷のあるその顔面いっぱいに、喜びの色をたたえている。 「良かった、協力してくれるって」 「何が?」 「きみにくっついてるミトラたちが、空にいる子たちを呼び戻す手伝いをしてくれるんだ。そのためには、きみにも協力してもらわなきゃいけないんだけど」  本当にミトラの言葉を理解し、会話したというのだろうか。半信半疑のまま、「協力の内容によるけど」と警戒しつつ答える。レイヤはそれだけで許されたように微笑んで、「トランペットを吹いてほしいんだ」と言った。  西の空が鴇色(ときいろ)に染まり、やがて濃い茜や紅に変化していくさまを、ハイゼは複雑な心境で見送っていた。側にはレイヤがおり、ごく小さな光の粒と会話している。ハイゼにくっついているというミトラは、なるほど確かに日が落ちるにつれて光として視認できるようになっていった。しかしそれでも、穴が空くほど見つめてようやく気が付くといったささやかな発光ぶりだ。光露の中にいるミトラがいかに大量であるかを思い知ると同時に、こんな些細な光をよくぞ見付けたものだと、今さらながら旅人の得体の知れなさが浮き彫りになる。しかし首長が信頼したのならば確かな人物なのだろうし、それに彼が善良な人物であろうことは、彼の雰囲気に嫌というほど滲み出ていた。  日が落ちる。光を集めるのならば、光を見やすい夜の方が良い。そう提案したのはハイゼだ。いつもの時間帯の方が集中できるという理由もあった。  夕日の最後の一閃が、地平の向こうへ消えていく。頭上には昨日より幾らか減ったものの、未だ目を奪われるほどの光がたゆたっている。  何の曲を吹くかは、レイヤから指定があった。「いつも一番長く練習している曲」――街の伝統的なクラシカル音楽。つゆ落としの夜に、豊穣を祈り奏でられる曲――「つゆ落としの歌」だ。ハイゼは金管楽器をしっかり持って、最初の音を鳴らした。しかしそのとき、「ハイゼ!」と呼ばれ、音は曲とはならず散っていく。  声の方を振り向けば、額に汗を滲ませたノーラが、たった今ここに辿り着いたという調子で息を切らして立っていた。 「留学のことを、話そうと思っていたのよ。それなのにあなた、街のどこにもいないんだもの。今日くらい練習はやめにしたら? だって留学が――なくなるかもしれないのよ?」  留学がなくなるかもしれない。ノーラはその不安を、同じ不安を抱いているであろうハイゼと共有したかったのだろう。しかしハイゼは静かに(かぶり)を振った。 「留学はなくならないし、奨学生に選ばれるのはきみだよ、ノーラ」 「それってどういうこと? ハイゼ、あなたっていつもそう。何を考えているのか、もっと口に出すべきだわ。口ってトランペットを吹くためだけのものじゃないのよ。どうして――」  ノーラは真新しくピンと引き攣った紙を、ハイゼの目の前に突きつけた。 「どうして今日になって、奨学生の申請を取り消したりしたの? 首長さんに聞いて、私、本当にびっくりしたのよ」 「……」 「ねえ、言いたいことがあるなら言ってよ! 留学がなくなって、宙ぶらりんになるのが嫌だったの? それで、だったら先に辞退してしまえって、そう思ったの?」  涙に潤んだ声で責めるノーラをまるきり無視して、ハイゼは再びトランペットを構えた。よく張っていて、それでいて伸び伸びとした音が夜空に響く。つゆ落としの歌が始まった。  曲は始めのうちは単調で、少し眠くなるほどだった。しかしそこを過ぎると、運指の忙しい音の連続に突入する。それはさながら星の瞬くような音の流れで、聴くものは皆、星や水面のきらめきを幻視するのだった。  そして今夜に限っては、それは幻視ではない。「あっ」と、ノーラが驚愕の声を上げた。  夜空をたゆたっていた光の雲は、音に誘われてハイゼの全く頭上にかたまり合う。それを呼ぶように、ハイゼの肩辺りから細い光が伸びて、上空に向かっておいでおいでをしている。ハイゼ自身も驚いていたが、しかし驚きは喜びに変わり、淡白だった曲調に跳ねるような歓喜の色が溢れ出す。光は――ミトラはハイゼの喜びに更に惹き付けられて、いよいよ地上に降り注ぎ始めた。  それは、空を覆い尽くす流星群のように。  光は尾を引きながら落ち、少し遊ぶように街なかを駆け抜け、つゆ落としの歌を奏でるハイゼの周りを踊り回る。星が降る。 「ミトラたち、ハイゼくんの吹くトランペットが、すごく好きなんだって」  ハイゼに言っているのかノーラに言っているのか、もしかするとただの独り言なのか、レイヤはそれくらいの控えめな声で言った。 「タンクの中から、いつも聴いていたって。タンクが壊れて、せっかくだからあの音を探しに外に出たんだってさ」  最初は半信半疑だったレイヤの言葉も、今や誰もを納得させる説得力があった。現にミトラたちはハイゼ目掛けて降ってきているわけだし、つゆ落としの歌に合わせて楽しげに明滅しているし――。 (好きなの? 僕の演奏が?)  なおもトランペットを吹きながら、ハイゼは心の中でミトラたちに問いかける。 (コンクールに出たって、箸にも棒にもかからなかった。こんなに練習しているのに、才能がないんだよ、僕)  曲が高く伸びやかな調子になると、それに合わせて星たちは渦を巻き、伸びたり縮んだりする。 (つまり――平凡なんだ。人より少し吹けるってだけで、僕なんてきっと、神都に行ったところで大したことは出来ないんだ)  曲も終わりに近付いて、セレナーデのような穏やかなメロディに変わる。そうすると光は伸び上がるのをやめ、霧のようにぼんやりとした形となり、ハイゼの周りを漂った。 (そうか、だけど――だけど、きみたちは僕のトランペットが好きなんだな。ここで吹くのをずっと聴いていてくれて、それで……好いていてくれるんだな)  最後の一音が夜に沁み入って消えた。いつよりも満たされた気持ちで、ハイゼはトランペットを下ろす。 「僕は辞退を取り下げないよ、ノーラ」  未だまとわりつく光たちに目を細めながら、ハイゼは言った。 「僕は多分、きみに負けるのが怖かった。きみに並ぶような、神都で通用するような実力がないことを、自分でも分かっていたからね。要するに、臆病者なんだ。でもきみは違う。ノーラ、きみはその身を批評に晒す勇気を持っている……」  ノーラは何も言わなかった。旅人、つまり完全なる部外者であるレイヤも、何も言わなかった。レイヤはただ「水を差すのは忍びないが」という態度で、空の隅を指差した。「あの辺りにいるミトラたちには届いていないみたいだ。場所を変えて、もう一度吹いてもらっていいかな」  街にはすっかり夜の(とばり)が降り、しかし突如として地上を目指した星たちに仰天した街の人々は、何事かと集まってきてはハイゼの姿を見付ける。「ほら」とハイゼはノーラに言った。 「つゆ落としのお祭りは予定通りに開催されるし、きみは奨学生に選ばれる。色々と準備があるだろ? ぼくはまだ、あと一曲か二曲か吹かなきゃならないけど、きみはもう行くと良い。さあ――」  言われたとおり素直にハイゼに背を向けて、ノーラは「私も」と声を張り上げた。 「私も、あなたのトランペットが好きよ、ハイゼ。神都に行ってたくさん勉強をして、立派な建築家になってこの街に戻ってきたら、私、コンサートホールを建てるわ。最初に舞台に上がるのは、もちろんあなたよ、ハイゼ」  じゃあね、と短く言って、ノーラは小道を駆け下りて行った。何人かの町人が、「これならつゆ落としは問題ないぞ」とか「留学できるぞ、やったなノーラ!」とか、口々に彼女に話しかけている。  ほうら、やっぱり選ばれるのは僕じゃなくてノーラだって、みんなそう思っていたんじゃないか。ハイゼはまた意地悪にそんなことを思うが、しかし心は不思議と卑屈でなく、むしろ清々しいほどだった。  夜はまだ始まったばかりで、本物の星よりもいくらか近い場所にある生きた星々は、行く先も知れずに明滅している。 「さあ、この辺りで、もう一曲」  旅人に促され、ハイゼはさっきよりかなり自信に満ちた面持ちで、同じ曲を吹き始めた。  つゆ落としの歌。良い音色だ、良い音色だねえ。星の囁きのようなひそひそ声が、ハイゼの耳にも聞こえたような気がした。  星が降る。街は例年通りの活気を取り戻していく。  星が降る。街の上に降った星は捕まえられて酒に混ぜられ、そして光となって蒸散し、一年かけて再び街へ戻ってくる。  来年の祭りの日にも、この曲を吹こう。降る星々を見つめながら、ハイゼはそう思った。また来年も、そのまた来年も、ずっとこの曲を吹き続けよう。大した才能がなくとも、権威に認められることが永遠になくとも、きっとトランペットをやめずにいよう。  そうしていつの日か、この街に建つであろう美しいコンサートホールで、ハイゼはやはりこの曲を吹くのだ。 <了>
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