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星糖と魔女と喰らいて成るもの
さらりさらりと音がする。
掬い上げた糖蜜を鍋に回し入れると、ほんの一瞬だけ音が湿って重たくなる。
再びさらりさらりと軽やかになった音に耳を傾けながら、私は鍋の中身を転がし続ける。
◇
「んー、これ以上やってもダメそうだなぁ……」
平皿に広げた星糖もどきをひとつひとつ摘まんで確認し、溜息を吐いた。今回もまた星糖にならず「もどき」どまりのようだ。
『できあがり? ちょうだい! ちょうだい!』
「はいはい」
水の張った桶の中からナルが催促の声を上げたので、星糖もどきの中から見た目の良いものを小皿に選んで持っていく。桶の前に小皿を置くと、ナルはその小さな羽で体を浮かせ、ふわりと桶の外に着地した。
『んまんま』
目を細めて星糖もどきを食べる姿は非常に愛くるしい。
ナルは手乗りサイズの竜のような何かである。闇色の体は、鼻筋から四肢、羽、尾に至るまで伝え聞く竜の特徴を持っている。ただ、どうも全体的にぬいぐるみのように丸く、不定形生命体のようにぷよぷよとしているために、竜であると断言しづらい。竜に擬態しているだけなのではないかと何度も疑っている。
『ごちそうさまー』
「はい、お粗末様でした」
『ヴィーのつくるほしはせかいいち』
「……ありがとう」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら桶の中に戻っていくナル。その様子を眺めてから、私は残った星糖もどきに視線を落とした。
――どうすれば近づけられるのだろうか。あの「本物」の星糖に。
◆
内緒だよ、という言葉とともにこっそりと渡された星糖は、それまで見てきたどんなものよりも美しかった。
何かがあって落ち込んでいたときのことだったと思う。祖母が私を励ますために、そのとっておきを分けてくれたのだ。
手のひらの上の透き通った小粒の星を見ながら、こんなにも美しいものが本当に食べ物なのだろうかと疑った。そして恐る恐る口の中に入れてひと思いに奥歯でガリッと噛むと、途端にふわりと甘さが広がった。心を満たしていた悲しみが溶け出して消えてゆくような、繊細で優しい甘さだった。
一人でお使いができるようになった頃に、私は菓子屋へ星糖を買いに行った。けれど、棚に瓶詰めで並べられている星糖を見て困惑した。
白、ピンク、水色、黄緑と様々な色はある。ただ、かつて見たあの美しい星糖と比べると凹凸の加減がまばらであり、そしてほとんど透き通っていないのだ。
店主に聞くと、難しい顔をして教えてくれた。
「もっと透き通った星糖? ここのやつ以上ってなると、もしかして星の魔女様が作ったやつのことか? そいつはここじゃ売ってねえ。買えるとしたら行商か、あるいは王都の大店か……どちらにせよ小遣いで買えるような値段じゃねえぞ」
私はしょんぼりとして、店にあった星糖をいくらか買って帰ることにした。甘くて美味しかったけれど、「本物」の美しさにも優しさにもほど遠いものだった。
読み書きに困らなくなった頃に、私は図書館の一角に魔女達の技術書がまとめられていることを知った。
魔女とは、特殊な技能を持つ人である。普通の人と同じ道具を使い、同じ手順を踏んだにもかかわらず、普通の人が作るときには生じない何らかの効果が現れる。
例えば草木の魔女の場合、調合した水に切り花を挿すと、切らなかったときと同じくらいに花は枯れず、実を付けることも可能である。この水を普通の人が調合すると、切り花がやや長持ちする水になる。
魔女達の技術は技術書といった形で公開、継承されている。というのも、魔女はどうにも唐突に現れるらしいのだ。血筋によるものでもなく、同時代に師とできる同系統の魔女がいるとも限らないため、書物という形で継承することにしたという。
魔女以外の人にしてみれば、効果は全く及ばないがそれでも利便性の高いものもあるため、技術書はありがたがられている。
そして、星糖の作り方もその技術書の中にあった。
星糖の作り方それ自体は単純だ。
大鍋で星糖の核を回し煎り、そこに熱した糖蜜を少しずつ加えては全体に馴染ませることを何日も繰り返す。そうすることで、星糖特有のあの凹凸が作られてゆく。星糖の核には芥子の実、米粉、ザラメ糖といったものが使われる。
私は星糖の作り方を雑記帳に書き写して、自分で作ることにした。
少しでも、「本物」に近いものを求めて。
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