星糖と魔女と喰らいて成るもの

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  ◆  星糖もどきを1つ口に放り込んで、今回の結果を雑記帳(ノート)に書き込む。味は市販品並み。形もナルにあげた分は市販品並み。透明度は市販品よりもほんの少し高い、気がする。  次はどういう条件で作るべきか……と顰めっ面で考えていると、桶の中のナルと目が合った。 『へんなかおー?』 「どうすればもっと良くなるかなって」 『おいしいほしが、もっとおいしくなるの?』 「味もそうだし、見た目も綺麗にしたいんだ」 『そしたらぼくのいちばんすきなヴィーのほしが、もっといちばんすきなヴィーのほしになるね!』  表現がおかしなことになっていて、なんだかよく分からない。ただ、ナルが嬉しそうな様子で羽をパタパタと動かすので、まあいいかと思いながら言葉を拾う。 「星糖、一番好きなんだね」 『えっとね、ヴィーのつくったほしが、どんなほしよりもすき!』 「……市販品はあげたことないと思うんだけど、拾い食いでもしたの?」 『しはんひん? なにそれ?』 「あー……私のいないときに外に遊びに行って食べたりした?」 『してないよ! そとにいくときはいつもヴィーといっしょー』 「じゃなければ、ここに来た誰かから星糖をもらった? 隣のダーナさんとか」 『ほしをもらうのはヴィーだけだよ。ヴィーはとくべつだから』  言ってからナルはピタッと動きを止め、そろりそろりとこちらの顔を窺って言った。 『ヴィーは、ぼくがほかのひとからほしをもらっても、いいの?』  まるでとっておきの秘密を告げるかのように、ひっそりとした、それでいて熱のある言葉だった。  ナルの言葉にそんな雰囲気を感じ取ったのは初めてだ。心の柔らかい部分を撫でられたような落ち着かない気持ちになりつつも、努めて平静を装った。 「う、うーん、やめてほしいかな?」 『えへへ、わかった』  知らないところでよく分からないものを食べる癖を付けないでほしいから、と言うよりも早く、ナルははにかんで了承した。  緩やかに揺れる闇色の尾が、ほのかにきらめいている気がした。   ◆  ナルが私の元へやって来たのは、もう随分と昔のことのように思う。実際は、星糖を作り始めてからナルと出会うまでより、ナルと出会ってからの方がそろそろ長くなったはずだ。  あの日も、いつもと変わらず星糖もどきを前に頭を悩ませていた。  いつもと違ったのは、開いていた窓から何か黒い塊が飛び込んできたことだった。  そのゴワゴワとした黒い塊は、泥に塗れて乾いた子猫だと思った。飼い主を探すにしろ病院に連れていくにしろ、ひとまず泥を落とす必要がありそうだった。  桶にお湯を汲んで持っていくと、黒い塊は桶の中に吸い込まれるように入った。音も立てず水面も揺らさずに勢いよく入ったのを見て、私はギョッとした。  やはり音も立てず水面も揺らさずに再び顔を出した黒いソレを見て、子猫ではないことを確信した。  つややかで丸みと弾力のある姿形は不定形生命体(スライム)とよく似ていたが、目鼻も手足もあるし羽も尾もあるため不定形とは言い難く、その特徴は竜のものであるように思えた。しかし両手に乗るほどの小ささということもあって、不定形生命体(スライム)で作った竜型のぬいぐるみであるとか、あるいは不定形生命体(スライム)を型に流し込んで固めてみたとか言われた方がしっくりとくるような有様であった。  ソレは辺りをきょろきょろと見渡すと、何かを見つけて「キューイ」と鳴いた。鳴くのだな、と思いながらその視線の先に目を向けると、どうも星糖もどきを見ているらしかった。  不定形生命体(スライム)であれば何を食べても問題ないか、と思って私は星糖もどきを与えてみることにした。手の平の上に置いて差し出すと、ソレは鼻先を近づけて匂いを確かめた後にぺろりと舐めとった。 『んま』  私は目を丸くした。「キューイ」という音を聞いたはずだったのに、意味を伴って聞こえたのだ。 「しゃべれるの?」 『お? ことばわかる?』 「わかるよ」  ソレはとても嬉しかったのか、桶の水から飛び上がってくるりと回ってみせた。 「君は何? どうしてここに来たの?」 『ぼくはかあさまのこだよ! おとなになるためにきたんだ!』 「母様の子……名前とかはないの?」 『「くらいてなるもの」だよ』  その「喰らいて成るもの」は個人名なのか種名なのか、私には判断がつかなかった。 『たくさんたべたらおとなになれるんだって、かあさまがいってた』 「君は何を食べるの? 星糖だけ?」 『うん! ほしたべる! さっきのほしうまかった』  味を思い出して頬を緩ませる姿は可愛らしく、和まされた。 「10日に1度くらいでいいなら、うちにいる?」 『とおかにいちど?』 「そう。星糖が大きくなるのにそれくらいかかるんだけど」 『とおかにいちど、さっきのほしがたべれるの?』 「それで良いなら」 『じゃあここにいる! おまえのほしがいい!』 「私の名前はヴィトーシュ。長ければヴィーって呼んで」 『ヴィー?』 「そう。君は『喰らいて成るもの』……呼びづらいからナルで良い?」 『ナルはぼく?』 「そう」 『うん、わかった!』 「それじゃあナル、これからよろしくね」 『よろしく、ヴィー!』  それ以来、星糖もどきができる度にナルは喜んで食べてくれた。
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