星は甘い

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バラバラと襲いかかってきた衝撃に、俺は悲鳴をあげて飛び起きた。 だって、びっくりするだろう。 ソファでうとうとしていたところに、いきなり小さなかたまりが降ってきたんだから。 「ちょっ、なにこれ」 石つぶてのように思えたそれは、よく見ると白、ピンク、水色、黄色──実にカラフルだ。 舌打ちしてひとつ拾いあげると、背後からよく知る声が聞こえてきた。 「流れ星襲来」 ──は? 「ザマーミロ」 いやいや、待てよ。 なんで襲来? ていうか俺、お前になんかした? 訊ねようとして──思い出した。 そうだ、彼女とは冷戦中なのだ。 きっかけは、ほんと些細なこと。 昨日ふたりでごはんを食べた帰り道、連日続いていた雨があがって星空が広がっていたから。 「なあ、知ってる?」 今、夜空で瞬いている星って実はもう存在していないんだって。 それくらい遠いところから星は光を放っているんだって。 そう続けるつもりだったのに、返ってきたのは「うそ」のひとこと。 「いや、ほんとだって」 「絶対うそ。私をだまそうとしている」 「嘘じゃない。俺はそう教わった」 「じゃあ、勘違いしているだけ」 で、冷戦突入。 同じ家で暮らしているのに、そこからお互い一言も口をきいていない。 ああ、わかっている。 こんなのくだらないって。 でも、ムカつくものはムカつく。 会話どころか、当分顔もみたくない。 思えば、初対面のときからそうだった。 忘れもしない、あれは彼女と出会った飲み会のとき。 オーダーをまとめていた彼女に「なに飲む?」と訊ねられて 「じゃあ、カルーアミルク」 そうしたら、彼女はまじまじと俺を見た。 で、ひとこと。 「いるんだ、男子でカルーア頼む人」 心のゴングが鳴った。 こいつとは絶対一生仲良くなれやしねぇ。 ムカついた俺は、彼女の飲み物を確認した。 ジョッキに入っていたのは赤い液体。 たぶんトマトジュース、もしくはそれをベースにしたカクテル。 なるほど。だったら…… ──今、君が飲んでいるトマトジュースの赤が、すべて唐辛子の赤に変わりますように。 いや、直接は言わないよ? あくまで心のなかで呟いただけ。 なのに2年後、彼女と付き合うことになるんだから人生ってやつはわけがわからない。 そんなことを思い出しながら、俺は軽く頭を振った。 寝ている俺に降りそそいだかたまりたちは、床やソファに派手に散らばっている。 「なんだよ、これ」 「星のかたまり」 「金平糖じゃん」 「違う。星のかたまり」 「いや……」 「わたしはそう教わった」 あっそう。 じゃあ、もうそれでいい。 ──星に見えなくもないわけだし。 ひとつつまんで、口に放る。 甘い。甘くてかたい。 ついでに、首筋がむずがゆい。 たぶん、彼女がじっと俺を見ているせいだ。 しょっちゅう冷戦状態に突入する俺たちだけど、その後のお約束みたいなものはいちおうある。 冷戦終了の合図。 あるいはそのおうかがい。 彼女からのそれは「甘いもの」をくれたとき。 じゃあ、俺からは? 「腹減った」 「……」 「ラーメン食いに行く? ……駅前の」 激辛ラーメンで有名な店。 それこそ、麺もつゆも唐辛子で真っ赤なやつ。 彼女は「星のかたまり」を摘まむと、俺の口に押し込んだ。 「食べられないくせに」 「3辛ならいける」 「3辛は甘口」 いや、辛口だろう。「辛」ってついてるわけだし。 そんな言葉を、やっぱり俺は飲み込む。 だって、気づいているから。 彼女の口元が、緩んでいることに。 (まあ、いいか) 激辛ラーメンの度数も、すでに存在しない星の話も、別の機会にすればいい。 今は、星を降らせた彼女のことだけを考えよう。 ピンクの、甘い星をかじりながら。
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