Summer Ghost

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大学に入りはや四ヶ月。盆の帰省で実家に帰った僕は、久しぶりの自室でふと思った。 (そういえばあれから丁度1年になるんだな) 僕は机に移動して椅子に座りパソコンを立ち上げる。そして懐かしのアイコンをクリックした。 僕は高校の頃、このフェミエルオンラインという基本無料のMMORPGに夢中になっていた。 夢中といっても受験勉強があったので、積極的にクエストをこなしていたわけではないし、課金もほとんどしてなかったから、今さらの事ながらゲームの内容に夢中になっていたわけではないと自分の事ながら思う。 じゃあ何に夢中になっていたのかと言うと、僕にはゲーム内にいわゆる「相方」という人がいて、その子と一緒にゲームをするのが……というか、一緒に時を過ごすのに夢中になっていたのだ。 彼女は1年前の当時僕と同じ高校3年生で、その頃の僕らは午前0時に勉強を切り上げてゲームにログインし、1時半くらいまで通話しながらゲームをするのが日課になっていた。 (アプデ30分か……) 久々にログインしてみようかと思ったら出鼻を挫かれたけど、ちょうど夕飯の時間に差し掛かっていたので僕は居間に降りて久し振りの家族との時間を楽しむことにした。 夕飯を終え部屋に戻るとゲームのアップデートは終わっていて、ランチャーにこの時期恒例の降星祭のイベント案内が標示されていた。 それを見て1年前の今日を思い出す。 その日の僕たちはやはり0時ちょうどにログインし、イベントマップの星降りの丘で夜空を眺めながら今後のプレイングについて通話していた。 僕らの通話は真夜中なので、声のトーンは控えめ。それを忘れて盛り上がってしまった方には、声、とお互いが注意する。いつの間にか二人の間で出来ていたルールだ。 内緒話をするみたいに話す彼女の声はふわりと優しく、幻のように儚くて、注意されるのは大抵僕の役割だったけれど、そんな彼女でもたまに盛り上がって声の調子を上げてしまう時があって、そういう時に声って注意するのがたまらなく好きだったのを思い出す。 星降りの丘は、ゲームとはいえ思わず見惚れてしまうほどの星空を輝かせていた。 そんな夜空を眺めながら通話しているとき、ふいに彼女はいつものような控えめのトーンで言った。 「ねえ、外見てみて」 「外?」 「うん。リアルで」 僕が言われるがままに椅子を立ち、カーテンをめくると、 「ね、見えた?凄くない?」 「凄い。ヤバイね」 そこに見えたのはゲームの夜空に勝るとも劣らない煌めく天の川。南の空を見ながら僕は不思議な感覚になった。 ゲームの中だけの関係だと思っていた彼女とは、その実リアルでもゲームの中と同じように星空の下で繋がっていて……なんだか頭がくらりとするような感覚に包まれたのを思い出す。 そしてそれが彼女との最後の思い出になった。彼女はその日を最後にゲームにログインしなくなって、ゲーム外の通話ソフトで呼び掛けても反応が来ることはなかった。 「引退する奴は唐突にやめるんだよ。いちいち引退宣言する奴は絶対に帰ってくるから」 「でも通話にも出ないっておかしくない?」 「おかしくないっしょ。もうゲームしたくないわけで、精算したいわけだから。その子も受験生だったんだろ?だったら成績落ちたとかでケツに火がついたんじゃねーの?」 気持ちの整理がついたというか、彼女が帰ってくるのを半ば諦めかけた頃、同じフェミエルクエストオンラインプレイヤーでリアルフレンドの近藤にその話をすると、奴はまさしくテンプレなつまらない回答をよこした。 「引退する奴は突然いなくなる」 ネトゲではよく言われる言葉だ。でも今ではそれを体験としてわかる。 僕も大学入学とそれに伴う環境の変化をきっかけにそれまで毎日ログインしていたフェミオンをスパッとやめた。やめるきっかけなんていうものはどこにでも転がっている。 (でもまたこうやって4ヶ月後にログインしようとしてるんだからやめたとは言えないのかもしれない) まあこれは冷やかしみたいなものだけど。結局のところ彼女がいなくなってからは惰性でログインを続けていただけで、情熱の火は1年も昔に消えていたのだから。 僕はIDとパスワードを入力し、ゲームにログインする。 別に今さらゲームで遊ぶつもりはない。ただ、僕はもしかしたらなんて思いでフレンドリストを開いた。もしかしたら彼女がログインしてるかもなんて 「えっ」 心臓がトクンと跳ねた。フレンドリストでは、彼女のキャラ名Kanadeが確かにログイン表示になっている。 「1年ぶりに帰ってきたのかな」 いやもしかしたら僕がプレイしていなかったこの4ヶ月の間に復帰していたのかもしれない。 僕は嬉しさでどうにかなりそうだった。だっていきなりいなくなった彼女に対して、僕はどうしても不穏な出来事の想像を止めることが出来なかったんだから。 何らかの事情でゲームを「やめた」のであれば僕はそれはしょうがないと思っていた。 でもそうじゃなくて、彼女がもしやりたくても「出来ない」状態になってしまっていたとしたら? 彼女との最後の会話を考えると、僕にとってはそっちの方が自然な気がしていた。もしかしたら最悪、不幸な事故にでもあって死んでたりとか……そんな悲劇的な想像が止まらなかったのだ。 僕は個別チャットで彼女にメッセージを送った。 「久し振り!急にいなくなって心配したよ!元気だった?」 僕は彼女からの返事を今か今かと待った。でも10分経っても、15分経っても返事が来ない。 (離席してるのかな?) 僕は居ても立ってもいられなくなり、彼女のキャラの元に会いに行くことにした。 彼女のキャラの現在地は星降りの丘。イベントのクエストをしているのかも。 星降りの丘に向かうと、星降祭会場ではクエストを消化しようとしている人たちでマップが賑わっていた。だけどそこに彼女のキャラの姿はない。 もしかしたら1年前のあの日一緒に夜空を眺めた場所にいるのかもしれないと僕は思った。そこはクエストとは関係のないマップの西の隅。イベント用のマップとは言え星降りの丘は広い。期待と不安を交えながら僕は星空の下の草原を駆ける。 ひと気がなくなり、岩山と崖に突き当たる西の端。そこには、1年前と全く同じ見た目のKanadeの姿があった。 「おーい」 僕は「つつく」エモートをし、周囲チャットでKanadeに声をかける。 でも離席中のようで彼女の反応はなかった。手持ち無沙汰になった僕は和服と巫女服を混ぜたみたいな青白い服を着た銀髪碧眼の少女:Kanadeにカーソルを合わせてステータスウィンドウを開く。 Kanade:レベル60:マジックキャスター 見た目だけじゃなくて、レベルも1年前と同じ。レベルキャップは年明けに70まで解放されているので、彼女があれ以来フェミオンをプレイしていない事は明白だった。 僕と同じように本当にたまたま、何かを思い出したようにログインしてきたのだろう。マップの端にいるのは最後にログアウトしたのがここだったからか? 僕はフルウインドにしていたゲーム画面を切り替え、通話ソフトを開いた。 彼女とのやりとりが今でもテキストで残っているそのチャンネルには新しい書き込みはない。 新しい順に僕が今年3月に書いた大学の合格報告。僕からの新年明けましておめでとう。そして去年の9月3日に僕が書いた長文。 「もし僕が何か気にさわる事を言っていたとしたらごめんなさい。もし僕が嫌いになったなら二度と絡もうとしません。ただ心配なので連絡だけでももらえませんか」そんな事がよそよそしく長々と書かれていた。 (フレンドリストでログイン状況が分かったって事はブラックリストには入れられてないんだよな) まああの日以来彼女はログインしていなかったみたいだし、入れてる時間はなかったのかもしれないけれど。 そんな事を考えた時、Kanadeのキャラがほんの僅かに、まるでWASDやコントローラーの効きを確認するかのように左右にちょこりと動いた。 「おかえり」 周囲チャットで声をかけると、 「こんばんは」 そう他人行儀な言葉が個別チャットで返ってきた。彼女は天真爛漫なキャラで、かしこまった挨拶をするタイプじゃなかった。この場合「やっほー」とか返してくるタイプで (やっぱ僕嫌われてたのかな) そんな考えに胸が締め付けられたけれど、そうと決まったわけじゃない。 「お久!ずっと連絡無かったから心配してたよ!今通話出来る?」 僕は1年前と全く同じノリで彼女に言った。嫌われてたらもうしょうがない。今さら大きくショックを受けることもない。だってもう散々そう思って、Kanadeに嫌われていると思って生きてきたんだから。 彼女からの返事は冷淡なものだった。 「ごめんなさい、無理です」 「そっか」 言葉が続かなかった。そこにいたKanadeはまるで1年前の彼女とは別人で。口調もそうだけど、彼女は隙あらば通話しようって積極的な人だったから。 (やっぱり嫌われてたのかよ……) ほとぼりが冷めたから嫌々相手してくれてる感じなのか?僕にはまるで彼女に嫌われる心当たりがないんだけど。 (もしかしたらアカウントを売っていて、ここにいるのは別人?) なんて一瞬思ったけれど、どう考えてもKanadeのアカウントは売れるようなアカウントじゃない。 だってKanadeはレベルキャップには到達していたものの1年前の当時ですら最前線のクエストをこなせる装備じゃなかった。それは僕も同じだけど。僕たちはあくまで受験勉強の合間の癒しみたいなスタイルでこのゲームをプレイしていたから。 そんな事を考えていると 「あの、突然変なこと言いますけど」 「なに?」 「Setuさんってどこ住みでしたっけ」 「えーと…それはもしかしてアカウント乗っ取ってる?」 唐突すぎる彼女からのその質問に対して僕はそう思う事しか出来なかった。 「いやいや違いますよ。一緒に受験勉強してたKanadeです」 「なんか全然雰囲気違くない?」 「え?そうですか?」 仮に彼女のアカウントが乗っ取られていたとしても受験勉強云々は乗っ取り主にわかるわけがない。ゲーム内のチャットは保存されないし、通話ソフトはゲームのアカウントとは無関係だし。 「私ってどんなキャラでしたっけ?」 「覚えてないの?」 「覚えてないと言うか……」 「記憶喪失?」 「いえ、そうではないんですけど……私ってどんな雰囲気でした?」 「どんなっていわれてもw」 どういうプレイだろう。僕はそんな事を考えながら、別に彼女に嫌われていたわけじゃないのかなって思ってきた。 「すみません答えにくいですよねw」 「少なくともそんなによそよそしくはなかったね」 「馴れ馴れしい感じ?」 「天真爛漫な感じかな」 「なるほどー」 「なんか恥ずかしいんだけどw」 どうして僕が彼女に対して彼女の印象を語らなければいけないのか。羞恥心が込み上げてきた。 「なんでそんな事聞くの?」 「その事についてなんですけど」 「うん」 「変な事言いますけど」 「うん」 「もしよかったら会いませんか?」 「会うって?」 「リアルで」 「いきなりなんでw」 「ですよね。私もそう思います。でもちょっとリアルで会って話したい事があるんです」 彼女が女の子なのは間違いない。だからいうわけじゃないけど、1年前にいきなりいなくなったとはいえそれまで一緒に遊んできた仲だ。会えるなら会ってみたい。それに何か話がありそうだし色々と気になる。 「別にいいけど……っていうか僕も会ってみたいし」 「じゃあ明日会えますか?」 「明日って急過ぎ。確か実家京都だよね。いきなり京都行くのは無理だしこっち来るのもきついでしょ」 僕が住んでいるのは東北の田舎町。まあ彼女には見栄を張って東京住みと言うことにしていたけれど、どちらにせよ京都じゃ東京からでも遠すぎる。 (あっ) もしかしたら大学に受かって上京して来たのか?そう考えた時、 「え?京都?私山形ですけど」 「え?そうなの?」 「はい。私京都なんて言ってました?」 「うん」 「なんでだろう。見栄でも張ってたのかな?w」 「いや、僕に聞かれてもwてか山形なら僕も同じw」 「え?本当に?」 「うんw東京とか言ってたけど本当は山形でしたw」 「君も嘘ついてたんだw」 「君もってw」 まさかの同県でテンションが上がって、僕は細かいことはどうでもよくなってきた。 「山形のどこ?」 「S町です」 「ウソ。同じ郡だよ私はH町」 「マジでw」 「本当に明日会えちゃうね」 「本当に明日会っちゃうか。てか通話しよ」 「ごめんなさいそれは無理w」 「なんでw」 「なんでもw」 僕たちは変なテンションで夜中までチャットを続け、結局明日の昼に二人の住んでいる町のちょうど間にある市の駅前で待ち合わせをすることになった。 翌日。僕は彼女との約束通りに青いTシャツを着て駅前のロータリーの木陰にいた。時刻表はチェック済み。彼女が乗ってくるであろう電車が到着するまではあと5分といったところか。 そんな事を考えながら期待と緊張で胸を弾ませていると、ふと赤いスポーツカーが僕の前に止まり、運転席からスラリとスタイルがよく、髪を明るく染めた20代なかばくらいの美人なお姉さんが現れ、僕と目が合った。 「Setuくん?」 「えっ」 僕は混乱する。状況的にこのお姉さんがKanadeなのだろう。だけどそのお姉さんの姿は僕の想像したKanadeとまるで違っていた。状況的に彼女でしかないのに、僕はそれをすんなりと受け入れる事が出来なくて。 「あ、はい……あの、Kanadeさん、ですよね」 そういうとお姉さんはクスリと笑った。ゲーム内や通話での口調とまるで違うからかも。でもしょうがないだろ。同じ歳だと思っていた。思っていたというか、思うに決まっている。だってお互い高校3年生で、一緒に受験勉強をしてたんだから。そういう関係のはずだったんだから。 目の前のお姉さんは大人びているとかではなくて、完全に大人だった。 僕は彼女が僕の前から去った理由がわかった気がした。きっと嘘をつくのに疲れたのだ。 酷く不貞腐れた気持ちになった。今すぐにでも帰りたい。僕はもしかしたら彼女にバカにされていたのかもしれない。 そんな考えが顔に出たのかもしれない。彼女は僕を見てごめんなさいと言って、続けた。 「大事な話があるの。あなたにだけは伝えなくちゃいけない、大事な話が」 そういって物憂げな表情をする彼女は、助手席のドアを開け僕の乗車を促した。 ーー 実家に帰省し、私は両親の許可を得て妹の部屋のドアを開けた。キャラクターグッズが並んだ可愛らしい部屋。 高校卒業と同時に家を出てからというもの、5つ歳の離れた妹と会うのは年末やお盆くらいで、ここ何年かは1年のうちの数日を共に過ごす限りだった。 だから妹がどんな学校生活をしているのかとか、何に夢中なのかとか、そんな事を何も知らずに、そして唐突に、妹は私に何も知らせぬまま、1年前の明日、居眠り運転のトラックにはねられてこの世を去ってしまった。 気持ちの整理がついたわけじゃない。つい数時間前までも実家に帰ればあの子がいるような感覚でいた。 でももう妹はいない。いないのだ。 私は妹の部屋の真ん中に立ち、ただ漠然とあの子の存在を感じようとした。思い出すのは幼いあの子との思い出ばかり。高校生になったあの子は、どんな生活をしていたのだろうか。 彼氏とか、いたのだろうか。 ベッドに腰を下ろすと、妹の机の上に見慣れたキャラクターグッズがあった。 「ピルクーじゃん」 それは私が廃プレイしているオンラインゲームのマスコットキャラクター。 「あの子もフェミオンやってたの?」 私は妹の机に座りパソコンを立ち上げる。マメな性格だったのだろう。よくみると机にはパスワードというパスワードが全てシールで貼られている。 ゲームのアップデートを待っている間、通話ソフトが立ち上がっている事に気付いた。 机の奥には青色のヘッドセットがある。 「あの子通話しながらフェミオンやってたんだ。言ってくれれば一緒にやれたのにな」 私の行為は妹のプライベートを覗き込む行為で、あまり良いことではないと思う。でもそんな事よりも私は、私の知らないあの子を知りたかった。 妹のキャラでゲームにログインすると、そこは星降りの丘の西の端。 「なんでこんなところに」 そう思いながら妹のキャラの装備を見ると、1年前の水準と比較しても並以下。受験生だったし慎ましくプレイしていたのだろう。そんな事を思った時だった。個別チャットの着信を知らせるSEが鳴り響いた。 「久し振り!急にいなくなって心配したよ!元気だった?」 それはSetuというキャラからのメッセージ。 (うわ。どうしよう……そうだ) 私はひとまずそれを保留して、通話ソフトを開いた。 一応今は妹のていでログインしている訳だから、情報が欲しい。 通話ソフトには、たった一つのチャンネルしか登録されていなかった。それは先ほどメッセージを送ってきたSetuとの二人チャンネル。 「あの子相方がいたのかよ。私にはいないのに」 私は通話ソフトのテキストチャットに目を通す。そこにあったやり取りは、受験生同士が励まし合いながら勉強を頑張る姿だった。 二人は0時まではテキストで勉強の進捗具合を報告したり、互いに資料を教えあったりしていて、0時になったら勉強を切り上げ通話に切り替えて、ゲームにログインする。そんな生活をしているようだった。 そして、あの子の相方のSetuって子は、間違いなくいい奴だ。残されたテキストに目を通すだけでそれは伝わってくる。だからこそ私はSetuが去年の9月3日に書いたテキストを読み、複雑な気持ちになった。 Setuは知らない。あの子の死を。だからSetuは連絡のつかなくなった妹に対して、自分を責めた。 二人のやり取りを見ればわかる。あの子がSetuを嫌いなわけなんてないのに。 この誤解だけは絶対に解かなきゃいけない。 Setuのために。それはきっと天国の妹の願いでもあるだろうから。 ーー 風が林を揺らす音だけが耳に響いていた。 町外れの林の中の小さな集合墓地に向かい、僕はKanadeのお姉さんの葉子さんと歩いた。 小川をまたぐ厚い木の板を踏み越えた先。そこに野木崎家之墓があり、野木崎花菜の名前が刻まれていた。 その日葉子さんと何を話したのか、僕はあまりよく覚えていない。 全てが耳を通りすぎていき、突き付けられた現実がだけが、虚無になって僕の頬を伝っていた。 「あの子は君に会えて幸せだったと思う」 ただその言葉だけは、僕の心の奥に染みていき、つかえていた何かを取り払ったみたいで、僕はKanadeの墓前でむせぶように泣き崩れた。 ーー 今年もまた盆がやってきて、私は朝一番で両親と三人で花菜のお墓参りにきている。 花菜の命日になると、ふと彼の事を思い出す。Setuという名前の、花菜の相方。 彼に会ってからもう3年が経つ。彼とはあれ以来連絡を取っていない。ただ妹の死という現実を突きつけられて、迷惑だっただろうか。 「そんなわけないよね」 古板の橋で小川を渡り、野木崎家の墓につく。 すると新聞にくるんだ花を持つ母が不思議そうに言った。 「あら、またお線香あげてあるわ。去年もあったわよねぇ」 「昨日掃除しに来た時にはなかったがなぁ」 線香皿の上には、灰になった二本の線香。 私は線香の主を知っている。 私は晴れた夏空を見上げて、ありがとねって心で呟きそっと目を閉じる。 瞼の裏には満天の星。その下で楽しげに笑い合うSetuと花菜の姿が浮かんでいた。
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