再会②

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再会②

 ここ数日、ライエの様子がおかしいことに、クラリスは気がついていた。  といっても彼が王宮に来て10日だ。あとから来たライエの義兄弟だというクラリスより年下の少年より、付き合いは短いから、いつもなんでも平気そうな彼の本当はよく知らない。  けれど、出会った頃より、元気がない。あのときの方がたいへんだったろうし、やっと慣れてきた、と本人も安堵したように言っていたのに、ため息は多いし、どこかぼうっとしている。 「え、ライエ兄?そう?普通だけど」  小姓で彼の弟のハリスに聞いても、どこが?と逆に聞かれてしまった。  思いきって、本人に聞いてみた。 「ええ?大丈夫だよ、なんでもないって」  それよりもさ、と熱心にめくっていた本のわからなかったらしい単語を見せられた。やっと小さな子が教会で手習いするくらいの簡単な文章だったけれど、それも読めなかったことに、クラリスはこっそりショックを受けていた。  どんなに自分が恵まれていたのか、それを思い知って恥ずかしかった。  だが、自分が落ち込んでいる場合じゃない。  かといって、誰かに相談できるものでもない。  ぐるぐると考えていたら、手を滑らせて水差しを割ってしまった。 「ケガしてない?」  心配そうにクラリスの手や、割れたガラスがスカートに飛んでいないか確認するライエに涙が出そうになる。 「し、失礼しました。新しいものをお持ちします……」  あわてて部屋を出て、廊下で濡れていた目元を拭った。 通りかかった、よく話すようになった若い侍従に事情を話して掃除をしてもらうように頼むとこころよく引き受けてくれた。  簡単な厨房がこの柳枝宮もできたので、水差しはそちらにもらいに行こうと、足を向けたときだった。 「クラリスさん?」  振り返ると、最近よく見かける歳上の侍女が近くに立っていた。 「マリュウレさん」  すこし驚いて彼女の名前を呼んだ。彼女はこの宮の侍女ではなく、アテイ王妃付きの人だった。 気さくな人で、 まだ慣れない上に要領の悪いクラリスを見かねて、王妃がこちらに訪ねてくるときに一緒に来ていた彼女は何度かアドバイスをくれた。 「お姿が見えたから……仕事中だったわね。ごめんなさい」 「いいえ……なにかご用がありましたか?」  用があるとしたら、ライエにだろう。王妃の姿が見えないがもしかしたら、もう部屋に案内されているかもしれない。小姓のハリスはまだお客をもてなせないだろう、戻るべきだと思うのに、クラリスは足が重かった。  マリュウレはけれど、クラリスの前にすっと一枚の紙を差し出してきた。 「ええ、王妃様から、ライエ様にと、お手紙をお渡しに上がりました。お預けしてもよろしいかしら」 「わかりました。必ずお渡しします」  封蝋もされていない、白い簡素な一通の手紙を渡されしっかりと受け取った。ライエは文字がまだ読めないから、クラリスが読むことになるだろう。  手紙を握って、お辞儀をしようとすると、ふとマリュウレは眉を潜めた。 「大丈夫?スカートの裾が濡れているようだけれど」 「あ!?失礼しました、これはその」 「なにか失敗でもしたの?落ち込んでいるのかしら」 「その……」  真摯なマリュウレの目は、そそっかしい年下の侍女の心配をしてくれているようだった。 「私は、いいんです。ライエ様が……」  主人の元気がないこと、なにもしてあげられないことがもどかしいのだということ。  ほんの一分で済んでしまう話だったのだが、口にしてしまえばすこし気分は軽くなった。  マリュウレは、すこしクラリスを眺めて、引き留めました、と謝罪を口にした。 「いいえ。その、聞いていただいて、ありがとうございました」 「まだあなたも、ライエ様もいろいろ大変でしょう。先輩として相談には乗れます」  にこりと微笑んで、マリュウレは礼をして去っていく。  その背を見送って、 「あっ、水差し!」  あわてて厨房に向かった。  まだ、クラリスの仕事は多くない。城にいた頃よりも減っているのだ。こんなことでもたもたしていたらこれからが自分でも心配だ。  今はもっぱら、ライエとハリスの勉強を見守ることが一日の大半を占めている。  しかし、一番気を使う仕事が不定期にやって来る。 「陛下がいらっしゃいます」  宮を仕切っている一番の年嵩の侍女が、そう告げに来て緊張した。  することを順に思い出していて、他の侍女にいろいろと手伝ってもらう。  ライエが心配で、何度もちらちらと見ているけれど、ハリスと遊んだり、昼にもらった王妃からの手紙を眺めすかしたりして、いつもと変わらないように見える。  最初の2日、それ以降国王は顔を見せなかった。忙しい方だ、クラリスの想像を超える難しい仕事をたくさんされているに違いない。  けれど、 (ライエ様がおかわいそう……)  ずっと放っておかれたようなものではないか。  ライエ自身はなにも思っていない様子で、浴場の準備ができたと聞いて手紙をおいてふらりと立ち上がる。ふと思いついたように、かたわらで本を片付けていた弟に、 「あ、今日はハリスはダメな」 「えーなんで?」  ずっと一緒に湯浴みをしていた少年は、首をかしげた。 「ダメったらダメ」 「けちー」 「ライエ様を困らせてはいけません。貴方は今はライエ様のお付きなんですよ。ただのお兄様とは思わないでください」  ハリスは納得のいかない顔をしていたが、本当に駄目だと知るとむっとして、けれどそれ以上わがままは言わなかった。 「けれど、本当に人はいりませんか?私なら、いくらでもお手伝いいたします」  なにやら準備がいる、とは言われたが、大変なことならすこしでも手を貸すことはできないだろうか。  そう思って言ったのだが、ライエはなんというか、ものすごく複雑そうな顔をした。 「……君たちには、まだ早い」 「?……なにがです……?」 「なんでも。でも、大丈夫だから」  行くね、とあっさりと部屋を出ていこうとするライエに慌てたのはクラリスだ。 「だから、お一人で行かれないでください!」  お付きもつけずに、宮殿の中とはいえ主人がひとりで歩き回っていいはずがない。  かしずかれるのが苦手らしいライエは、目を離すとひとりでどこでも行こうとするので、クラリスは気が気じゃなかった。
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