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すこし、緊張していた。
ちょっと数日、王に会わなかっただけで、どんな顔をしていいのかわからなくなった。こんなに自分がわからなくなったことはあまりなくて、目の前の丸い テーブルに用意された果物や軽食の山を眺めながらすこし困っていると、ふとクラリスの隣にまるで人形みたいに固まっているハリスを見つけて、笑ってしまった。
自分よりひどいことになっている弟をみると、なんだか落ち着いてきた。
「……ハリス、お前、そんなに背筋が伸びてるとこはじめて見たぞ」
「うるさいやい……」
なんとか返してくる気力はあるらしいけれど、隣の侍女に、もう、とたしなめられている。
「国王様の前で、そんな言葉使ってはいけません」
「だってさあ、姉、オレ貴族様の言葉なんてよくわかんねえって」
クラリスがちょっと驚いたように口をつぐんで、それからあなたのお姉さんではないですよ、となんだか顔を赤くして言った。どうやらハリスに姉と呼ばれることは気に入ったらしい。
話が出来るのはそこまでだった。
扉の開く音がして、入ってきたのは宮殿を取り仕切る侍女だった。
立ち上がった方がいいだろうと、ライエは座っていた椅子から腰を上げて、次に現れた銀髪を丁寧に撫で付けたの、肩幅の広い男を出迎える。
「国王様」
クラリスが腰を折るのを見て、ハリスもあわてて同じようにする。
「堅苦しいのはいい」
国王陛下は今日は来たときから機嫌がいいようだ。侍女がさっと部屋を出ていって扉が閉まると、にこにことしたままテーブルにつく。
こちらに来い、と手招きされるので隣に座ると、なにやらじろじろと青い瞳が眺めてくる。
「毛艶が良くなったか?」
「ええ、まあ」
毎日ありとあらゆる豪華な食事とたっぷりの睡眠をむさぼれば、どんな拾われ犬だってすこしはましになるというものだ。
にやにやと笑って、王は手でライエの肩で整えられた黒髪の一房を摘まむ。
「めずらしい色だなと思っていた。東方の血が混じっておるのか」
「さあ、よくわかりません。でも、父親が黒い髪だったのはなんとなく覚えてます」
「ふむ、弟やらは……おおすまぬ、義兄弟だったか。金だな」
壁際のハリスは緊張しきりでかくかくと首を振るので、やはり笑ってしまう。
それをほほえましく見ていた国王は、ライエの肩を、ぽんと叩く。
「すまんが、二人だけにしてくれ」
はっとクラリスは礼をして、かちこちのままのハリスを引っ張って部屋を出ていった。あれは怒られたと思って、また落ち込むのではないだろうか。あとで彼女を慰めておこう。
国王はもちろん怒ったつもりもないので、皿にのった菓子を摘まんで上機嫌だ。
「すまなかったな、儂はしばらく公務に明け暮れておった。優秀な大臣の監視付きだ」
「それは、お疲れ様です」
「アテイは何度か来たようだが、仲が良いようだな。あれもお前を気に入っておった」
「光栄です。王妃様が……」
嫌われていないとは思っていたが、すくなくとも王にライエのあちこち不躾を言いつけるようなことはしないようだ。こっそりと息をつく。
立場なんてよくわからないが、アテイに嫌われるのはすこしさびしい。
ほんのすこし、ぼうっとしていたらしい。はっと顔をあげると、じっとこちらを見る国王と視線が交わる。
「陛下?」
「いや、……アテイは、そなたのことを気にかけておるようだ」
「なにかアテイ様に迷惑をかけていないといいのですが……」
「構わぬだろう、あれはあれでなにか考えるところがあるようだ。それは良い、その、」
めずらしい様子で国王は、なにか言うのをためらって、口を閉じた。
そんなに会っているわけではないけれど、いつも簡潔に、よどみない物言いをする彼には似合わない様子で、ライエをうかがっているようだ。
「アテイはなにやらそなたについて、儂の誠意がないと」
「せいい」
またわからない単語が出てきた。
「執務室から出られぬ儂が、お前の様子を聞こうとあれに話そうにも、自分で聞けと取りつく島がない」
「それはまた……どうしてでしょう」
気心知れている王妃が、ライエについて王に伝える気がない。理由がありそうなのだが、昨日来てくれた王妃はかわらず親切にしてくれていたし、どうしたことなのかちょっと分からなかった。
ライエの同意を得ると、国王はぱっと顔を明るくした。
「だろう?だが、たしかに、このようにまともに話したことがないのも事実だ」
「――そういえば、そうですね」
はたと気が付く。
出会ったときは、本当に一言で終わってしまったし、あとはライエがお願いに時間を費やしてしまった。
「それでな、考えたのだが」
急に国王は重々しく眉をひそめ、ライエのほうに完全に向き直った。狭い間隔で椅子を並べていたため、膝がぶつかった。
「――儂は、お前の名前を、知らんのだ」
「……そういえば」
あとから気づくことばかりだ。
王妃は、聞かれるまで教えるなと言った。
聞いてくれたので、心置きなく答えることにした。
「申し遅れました。ライエといいます」
「そうか」
ひどく満足したように、国王はため息をついた。
手を伸ばし、またこちらの髪に触れ、そのまま頬を指先でたどられる。ごつごつした皮膚にくすぐられて、肩をすくませそうになるのを必死にこらえた。
優しげな光を青い瞳がたたえて、ライエを眺めた。
「名前は聞いた。だが、その他は、せいぜい弟が二人いることしか知らぬ。今日は聞かせてもらうぞ」
「その、俺はいいですが……あんまり、おもしろくないですよ」
「そなたのことだぞ、おもしろくないわけがなかろう」
相変わらず自信満々にしている。
まあ、王妃ですら顔色も変えずに聞いていたので、この寛容そうなお人も怒り出しはしないだろう。期待はずれにはなるかもしれないが。
ほとんど王妃に話したことを同じように話して、ついでにカレントとハリスが自分と一緒に暮らした経緯も付け加えた。ただ、グループから弾き出されたカレントをライエと同じように別のグループの手伝いをすることで難を逃れさせたり、盗みを失敗したハリスをかばってやったり、なんともひねりのない出会いだったが、国王には耳に新しい物語だったのか興味深そうにしていた。
「アテイから聞いていたが、二人とは仲が良いようだな」
「いいと思いますよ、数日姿をくらました俺を、ずっと探してくれてたみたいです」
「ああ、すまぬことをした。後先を考えぬことをしたのは反省しよう」
「陛下が?」
こんな偉い方が反省をする必要があるのだろうか。
ライエが驚くと、王はむっとしたようだった。
「なんだ」
「いえ、……俺こそなにも言わずに付いて行ったので、陛下がお気になさることはないかと……」
「そうでもない。儂の言ひとつで、何十人、何百人の運命が変わることがある。それを思い出させるには十分だ」
独り言のようだった。
ライエには、彼を慰める言葉を持っていなかったし、王には必要もなさそうで、ただじっと聞いてた。
次にライエに向けられた深い色の瞳は、柔らかいものだった。
「ここでは兄弟とも飢えることはなかろう。理由なく命を落とすなども考えられぬ。二人は良い兄を持ったな」
「え?」
「願いなどと言われ、なにやら必死な様子のそなたを見て、どれだけ弟御を大事に思っておるかは分かった。儂にはただ、平民を城に上げる程度のことだ、造作もないことだが、お前には文字通り生きるか死ぬかのことだったな」
国王のその言葉は、ライエには意外すぎた。
必死だった。けれどそれが伝わったとは思っていなかった。国王が言った通り、平民を城に働きに来させることなんて、国のあるじにはなんの苦労も要らないのだ。彼には簡単すぎる。だから、この貧しい妾のことをそこまで理解しているなんて、思いもしなかった。
微笑む王のその表情を、どこかで見たことがある。
教会の、優しい老神父の、子供たちを見るその顔そっくりだ。
「もう心配はいらぬぞ」
「あ、ありがとうございます、」
言い切ったとき、ぽたりと膝の上で握った手に冷たいものが落ちた。
水か、と思って、下を向くと、次々と落ちてくる。濡れた手の甲の輪郭が滲んで見えて、ようやく、それが自分の目からこぼれていることに気がついた。
止めようにも止まらない。
王はなにも言わず、そっとライエの背に触れた。
ただ、ぼんやりと、ライエは自分の涙が止まるのを待っていた。
「―――すみませんでした」
ようやく全部出ていったようで、ライエはため息をつく。
泣いたのはいつぶりだろう。しかも、こんな偉い方のまえで、遠慮もせず。
自分に呆れてもう一度ため息をつくと、王の手は肩に優しく触れた。
「かまわんよ。………、だが」
ぐい、と肩を掴まれて引っ張られ、王の体にぶつかった。ぐっとすかさず抱きすくめられて、ぎょっとした。
「……今日は話をしに来ただけのつもりであったが」
「……、はい」
王は香をつけているのだろうか、すこしつんと鼻にくる香りは、密着したときに何度か嗅いだものだ。
がっしりとした肩に額を押し付けられながら、ライエは王の言葉を待った。
「泣いているお前を見たら、もっと泣かせてみたくなってな」
「陛下は、実は意地が悪いんですか」
恥ずかしい。
泣いたこともだし、この王は自分のもっと無様な姿を見ているのだ、思い出させないでほしい。
「どうなのだ、ん?」
ぐりぐりと、頭の真上を、たぶん王の太い顎が押さえつけていきてすこし痛い。
「陛下の思うとおりに」
ライエに否はない。
立ち上がらせられ、寝室に引っ張っていかれる。乱暴になるかならないかのぎりぎりのしぐさでライエはベッドに横たえられ、大きな体に抱き締められる。首筋に、荒い息がかかり、いつから我慢していたのだろうとすこし申し訳なくなった。息のかかったところを強く噛まれ、じん、と肩にまで響く。
息を詰めたライエを見て、すこし離れた王はにやりと笑う。
口付けられながら、胸元を寛げられ、胸や肩をなぞりあげられる。どうすればいいのかは、3度目でも分からなかった。放り出していた腕を、目の前の肩にまわすと、唇が離れて、名前を呼ばれた。
「ライエ」
「……はい、陛下」
「儂の名は、そなた知らんのか」
「は、……ええと」
意地の悪い顔で、陛下はライエを見下ろしている。
答えられない。
聞いたはずなのだが。血の気が引いていきそうだ。
「教育が必要であるな。我が国に儂の名を答えられぬ者がいるとは思いもよらなんだ」
「す、すみませ、ひ、」
まだ脱がされていない服の上から、股の間を強く掴まれる。
「……っ、ぅ、」
「まあ、お前にはたくさん学んでもらわねばならぬ。役目がある」
耳のそばで囁かれたかと思うと、生暖かいものがそのなかに入り込んできた。ぐちゃ、と濡れた音が大きくして、ぞくりと背が浮く。
かわらず脚の付け根の辺りを探られていて、だんだんとそこから腰にかけて疼いてくる。くちゅくちゅと耳のなかで生暖かいもの――舌がうごめいている。
「ぁ、ぅあ、……っ」
頭を振ってしまいそうなのを必死にこらえてベッドの天井を睨んでいるうちに、体のほうに震えがきた。ぞくぞくと悪寒が止まらない。
「へ、陛下、このままでは、っあ、」
先に気をやってしまいそうだ。滲んできた視界に、ちらりと光が入って……ぼうっとしていた頭がはっと醒める。
「待、ってくださ、へい、か、」
王は無言だった。ただ、下履きからごつごつとした手が入り込んでライエのものを遠慮なく握った。
声も出せずに、びりびりとした刺激に背が浮いて、のし掛かっている厚い体にぶつかった。
首筋や喉に吸い付かれて、息だけを逃して身悶えた。
やがて追い詰められて、果てる。
「す、みませ、」
ひっくり返る息をなだめて、謝るしかない。
体に力が入らないライエを、満足そうに見下ろす王は、襟もきっちりと止まったままだ。
「儂がさせた。好きにいけばよい」
「あっ、待ってく、お待ちくださ、」
汚れたズボンを下履きごと脱がされ、足を割り開かれた。その国王の背後から、やはり光が入ってくる。
嫌な予感がするのだ。
「陛下!頼みます、いちど、お待ち下さい!」
「……なんだ」
不満げに睨むその視線にどきりとするが、どうしても気になった。
なんとか体を起こし、肩に引っ掛かっていた羽織で前を隠しながら、開けっぱなしの扉に近づく。
外側に開け放たれた二枚のそれを戻し、手探りで鍵を探す。ただ短い棒をひっかけるだけのそれを震える手でどうにか閉めて、ほっとする。
「……よかろう、扉くらい。儂を待たせてすることではないと思うが」
「――っ!?」
後ろに立たれたことに気づいていなくて、首筋に触れられて心臓がぎゅっと縮まった。
暗がりでよくわからないが、国王は怒っているらしかった。
「申し訳、ありませ、あ、」
むき出しの腰を抱き寄せられ、後ろに触れたのはかたい膨らみ。
ざっと青くなる。体勢を思い浮かべて、触れているものが何かは分かる。
「さあ、良いだろう。戻ってこい」
ざらついた低い声が、首のすぐ後ろで聞こえた。
ほとんど荷物が持ち運ばれる格好で、ベッドに連れ戻される。
それからは、何をされたのか覚えていない。
何度も身体を高められて、果てる。泣きながら謝罪を繰り返した気がするが、結局王の機嫌がなおっても容赦はしてくれなかった。
「暑いな」
意識がもうろうとしているなかで、ばさ、となにか乾いた音がして、身体全体を熱いものに包まれる。固くて、ところどころこつこつと当たるものがある。
広げっぱなしだった脚の間、もう汚れでどろどろになった狭間を、ゆっくりとこじ開けられる。
先程まで、男の指に掻き回されていたライエの襞穴はめいっぱい口を開けて飲み込んでいく――太い男根を。
「あー……あ、ん、」
もう言葉にもならない、ただ、芯のない声で穿たれる感覚を訴えて、ライエは涙をこぼす。
腹の中全部が熱くて、燃えてしまいそうだった。
じっとりとして、逃げ出したい大きなものが下の方から上がってきて、身体を捻ろうとしいて、上に乗っている大きな体に邪魔をされる。
苦しい。重い。
言葉も思い付かないから、ひたすらに鳴いて、そして―――
ガン、と大きな音がした。
閉めた扉を外側から蹴る音だとは、ライエにはもう理解できるほどの頭は残っていなかった。
ただ、いきなりの音に、弛緩した身体がびくりと驚いて、腹の中の男をぐっと噛み締めた。これ以上ないくらいに、その丸みを帯びた大きなものの形が分かる。
じぃん、と身体中がしびれた。
「ひゃ、ぁ!?~~~ッ!―――ッ!」
目の前が真っ白になった。
なにも聞こえない。ふっ、と一瞬浮遊するような感覚に陥って、じっとりとした熱さがじわりと戻ってくる。
「あ、……あ、ぅ、……」
指の先まで痺れて、震えが止まらない。
名前を呼ばれて、優しく触れられたような感じはあるけれど、よく分からなかった。
「……お前の読み通りであったか」
申し訳なさそうな、低い声。それにすらひくりと身体の内側が震えて、過ぎた刺激でくたくたになった身体を微かに捩る。今度は邪魔されなかった。
「すまんな、だが――」
ぐったりとした身体を揺さぶられても、掠れた声しか出なかった。
じわじわとまた追いたてる熱に、ライエはただ従順に飲み込まれていった。
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