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シグムンド・マルズ・フレスゴル王。
王朝5代目の、在位歴代2位の王。父である先王が病気で亡くなり、齢12歳にして即位し、今年で24年を数える。
今では磐石で安泰な政治を敷いているが、即位当時は国の内外が乱れており、まだ自身の力まったくない少年王は命を狙われ、外国へ亡命した。空位はないことになっているが3年もの苦労の末、国を思うままに動かしていた大臣を排斥、処刑し、見事に返り咲いた能力と胆力のある王。
まだライエは生まれていなかったが、先代の頃に始まった隣国との戦争とその亡命騒ぎで、国中が荒れていたらしい。今ではすっかり平和になり、再燃した戦争以外は逼迫した問題はないようだ。
「クラリスはよく知ってるなあ」
言うと、勉強は良くしました、とはにかむ侍女。クラリスはライエの学のなさを笑ったりしない。こうやって空いた時間に勉強に付き合ってくれて、本当にいい娘だと思う。
難しい本がまだ読めないので、ライエはハリスと一緒にこどもの手習い用の教本で勉強している。
はやく、王の役に立てるようにしなければ。
実は、側室の件は、保留のままだ。王がいくら駄々をこねて――王妃の言葉だ――も、やはり男が妃なんて前例のないことであるし、重臣たちに反対も多い。けれど、王は諦める様子もないし、絶対にライエを手放す気がないと言葉や態度で伝えてくる。側室云々の話が消えてなくなっても、どんなかたちになるかわからないが王は側にライエを置くつもりらしい。
別にそれこそ妾でも小姓でもいいのに、と言ったら、なぜか物凄く不機嫌になった王にいろいろされてしまった。記憶から消し去りたい。
ともかく、今後も国王の近くにいることになるなら、能無しではいられない。王は、ライエには役目があると言った。なにをさせるつもりなのかわからないが、その役目を果たせるように努力しなければ。
(役目……)
そのことなのだろうか、ライエがここにいる理由は。
なにか、違う気がする。
王と出会ったあのときの予感は。
(なにかもっと別の、役目が)
「ライエ様?」
クラリスに呼ばれてはっとした。わからないことがあったのかと、自信なさげな彼女に首を振った。
「陛下も苦労されてるんだなって」
「ええ、本当に」
「せんせー、王様が、大臣?を殺したって本当な……ですか?」
能天気に手をあげていつもの調子でペラペラとしゃべるハリスは、途中でクラリスににらまれて言葉遣いを直した。けれど肝心なところは直らなかったので、クラリスはその物騒な表現に眉を潜めた。
「ええ、処刑されました。王陛下のお命を狙ったのものその大臣でしたし、簒奪……えーっと、ご自分が王になりたくてシグムンド陛下を追い払われたのです。
国王陛下はこの国に戻られたとき、大臣一族を残らず捕まえるように言われたそうです」
「優しそうに見えたけど、やるときはやる……んですね。へいかは」
「ハリー、がんばれ」
「お、おう」
まだまだ汚い言葉遣いが抜けそうにもない弟の頭を撫でると、彼は照れたようにうなずいた。
それをにこにこと見ているクラリスは、あ、と手を打った。
「申し訳ありません。大臣の一族と言いましたけれど、一人のご子息が行方不明で……」
「ふうん?」
「幼い3人目のお子さまで、養子に出されて、けれど見つからなかったそうで」
「なんでだ?」
「さあ……」
クラリスも首をかしげた。貴族の子供なら、身元がしっかりした家にいそうなものだが。
その時、部屋の扉がノックされた。
クラリスが扉を開けると、そこにはアテイが立っていた。
「王妃様」
ハリスはぴょんと跳ねるように立ち上がった。ライエは笑いだしそうになりながら、自分もならって立ち上がる。
「おはようございます、アテイ様。わざわざご足労いただきまして」
毎回呼べば行く、と言っているのに、王妃の部屋に呼ばれたのは片手で足りる回数だ。出るついでがあるのに、何度もお付きを往復させている時間が惜しい、とのことだった。妃将軍はおいそがしい。
部屋に入ってきた彼女は無表情だが、やはり別段機嫌が悪いわけではないようだ。
はっきりと怒ったのは、ライエが国王につれてこられたときの、あの一度きりではないだろうか。あれはよく事情を飲み込んでいないライエを見ての、国王の不手際に対して怒ったらしい。国王はあの時のことを思い出して、会議の最中でよかったとしみじみ言っていた。
冷静沈着な、聡明な王妃というライエが彼女に抱くイメージは、間違っていないらしい。
「この後お時間はおありですか」
椅子に座りもせずそう言う王妃の服装は、黒色のチュニックに洗いざらしのパンツ、履き古したブーツといった堂に入ったものだった。
「はい、王妃様のご用事なら、いつでも」
「無理な予定の変更がないのなら……そうか、では、こちらを着て兵舎の方へ来てください」
彼女の侍女が差し出してきたものは、どうやら王妃と同じ服らしい。
やはり、眉ひとつ動かさず将軍閣下は言った。
「剣術訓練をいたします」
ライエの顔は引きつった。
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