ムテキ君の無敵な話

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 ***  さて、そんなムテキ君だが、少し不思議なエピソードがある。  何を隠そう、このぐーたらなパグ、実はとんでもない第六感の持ち主かもしれないのだ。  ムテキ君を連れて歩く散歩コースは大抵決まっている。五丁目の敷地をぐるりと一周して戻ってくるという、わかり易いルートだ。少し距離が長くなるが、そのルートを通るにはいくつか訳があり、最大の理由はムテキ君のお友達が何人(何匹)か存在するからであったりする。花屋近くのボロい一軒家のおばーちゃん、空き地横を縄張りにしている猫のクロコ、橋の横の家に住んでいる一家に買われているゴールデンレトリーバーのマル。肝心の飼い主相手には微妙な態度なくせに、よその家の人達にはやたら愛想がいいのもこの犬だ。まあ、愛想よくシッポ振ってるとおやつが貰えることがあるのを知っているからなのだろうが。  ある日のことだ。夕方、やけにムテキ君が庭に出たがった時があった。何があるのかと思って彼を庭に出すと、ムテキ君は庭の端までぱたぱたと走って行って、じーっとあるのかないのかわからないような短い首で空を見上げ始めたのである。  そして、親しい人に会った時のように後ろ足立ちになり、嬉しそうにシッポを振りながら吠え始めたのだ。そこには、誰もいないというのに。 「ど、どうしたのムテキ君?誰かいるの?」  尋ねたところで、犬が返事をできるはずもない。そもそも、エサをくれない時の飼い主は平然と無視するのもこの犬である。彼はしばらく“見えない親しい人”に散々じゃれついたあと、満足したように家の中に戻っていった。その時は私が、彼が見ていた方角に意味があった、なんてことには全く気づいていなかったのである。  翌日。父と彼がいつもの散歩コースで、お花屋さんの隣を通る時。ムテキ君はぴたりと足を止めて、一軒家に向けて盛大に吠えるということをやり始めた。近所迷惑になるからやめなさい!と叫んだ後で父は気づいたらしい。いつもムテキ君が来ると出てくるはずのおばあさんが、家から全く出てくる気配がないということに。しかも、ポストには昨日の夕刊も今朝の朝刊も刺さったままになっているではないか。  不穏に思って、ムテキ君を連れて敷地に入り、窓から中を覗いた父は気づいてしまった。和室で、いつものおばあちゃんがぐったりと倒れているところを。正確な年齢はわからないが、それこそ百歳近いおばあちゃんだった。いつそうなってもおかしくないというのはあったのだろう。すぐに救急車を呼んだ父は、彼女が亡くなっていたことを知るわけだが――彼女が亡くなった時間というのが昨日の夕方頃であったということを知らされ、驚かされることになるのである。その時間は、ムテキ君が庭で吠えた時間と一致するからだ。  あのおばあちゃんが亡くなった時間を、ムテキ君はどうして知ることができたのか。  ムテキ君に死んだおばあちゃんが会いに来て、ムテキ君にはその幽霊が見えていたとでもいうのだろうか。 「ムテキ君ムテキ君。我が家全員、零感で私はとっても安心してたんですけど。よりにもよって、あんただけ霊感あったりするの?ちょっと笑えないんですけど?」  おばあちゃんを見つけてあげられたことはいいのだが。  その死んだおばあちゃんが会いに来たというエピソードもほっこりものなのだが。  それはそれ、幽霊が見える犬というのは少々恐ろしいのである。何故ならば。 「ばふー……?」  ぼんやりしたこの犬は、散歩中でも家の中にいても唐突に立ち止まって首を傾げたり、何もないところをじーっと見つめているなんてことをやらかすのである。  霊感があるのだとしたら、その意味が大きく変わってきてしまうではないか。  居間で抱き上げたムテキ君が、私ではなく私の背後をじーっと見るので、私は悲鳴を上げることになるのである。 「ねえ待って!?ムテキ君待って、その視線どこ見てるのかな!?なんでこのタイミングで私の後ろ見て首傾げるのかなあ今は家に私しかいないはずなんですが!って、その前足ポンなに!?なんで今肩に足置いたの!?“まあドンマイ、そういうこともあるさ”的な顔するのやめてくれますか私ホラーとかそういうのほんと駄目なんだからね!?」  早口でまくしあげても、ムテキ君はどこ吹く風といった様子だ。  いつもより生ぬるく見える笑みか、可愛いけれど憎たらしい。
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